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天気予報が正しいなら、今日も一日晴れるのだろう。春としては珍しい、雲の少ない真っ青な青空が広がっている。絶好のお散歩日和だ。とうに桜が散ってしまっているのが残念なほどである。こんな日に公園でお花見をしながらお団子でも食べたら最高の気分だろう。桜はないが、眺めの良い公園はいくつも知っている。今度久しぶりに、妹のルリカでも誘って遊びに行ってみようか。
「ん?」
二年生の下駄箱は二階にある。階段を降りたところで、私は奇妙な人物がグラウンドの隅に立っていることに気が付いた。真っ黒なスーツに、真っ黒なセミロングの髪の人物である。何かタブレットのようなものを持って、校庭を見ながらメモを取っているようだった。どこかの業者さんか何かだろうか、と思う。学校に不似合いな人物だが、何故か不審者とは思わなかった。
――なんか、仕事のできるサラリーマンってかんじ。あ、でもサラリーマンならロンゲはダメかな?何で髪、結びもしないで伸ばしっぱなしなんだろ。
背中しか見えないので、相手が女性か男性かもわからない。男性にしてはかなりほっそりしているようにも見えるが。
風にひらり、とそのウェーブした黒髪が揺れる。その人物はしばらくした後タブレットをしまうと、そのまま正門の方に歩きはじめた。帰るのかな、と私が思った瞬間――かつん、と甲高い物音が。
「あ!」
反射的に、私は走り始めていた。長年の癖だったとも言うべきか。彼(とりあえずそう呼んでおくことにする)がコンクリートの上に落としたものを拾い上げる。それは太陽の光を浴びて、キラキラと輝いていた。拾い上げて私は眼を丸くする。それは、映画にでも出てきそうな、豪華な細工が施された金貨であったのだから。中央に山羊の怪物のようなものが掘り込まれ、周囲を花びらのような装飾がぐるりと取り囲んでいる。数字らしきものはない。どちらかというと、何かの記念品といった印象だった。
「あ、あの!これ、落としましたよ!」
私が慌てて声をかけると、その人物は振り返った。思わず息を呑む。真っ白な肌、金色の瞳、黒い長い髪――恐らくは、中性的な外見の若い男性、なのだろう。まるで絵画から抜け出してきたように美しい青年が、そこに立っていたのである。
「……おや、これは失敬」
彼は駆け寄ってくると、私から金貨を受け取り、そして。
「ありがとうございます。……貴女は、とても親切な方ですね。人間、まだまだ捨てたものじゃないようだ」
「い、いえ、そんな……」
「感謝します。それでは」
「あ……」
交わした会話は、それだけだった。にっこりと私に向かって微笑みかけると、彼はそのままスタスタと歩き去っていってしまう。名前も素性も、何一つ訊くことができなかった。何かとてつもないチャンスを逃したような気がして、私はがっくりと肩を落とすことになる。ただし。
――でも……やっぱり、私間違ってなかった。
それ以上に、高揚していた。
――いいことしたら。あんな風に、綺麗な人に感謝して貰えるんだ。もっともっと、いいことしなきゃ!
もう既に手の中にないはずの金貨が。小さくかちゃり、と音を立てたような気がした。
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