ありがとう、ありがとう。

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 ***  誰かに感謝される、良いことをしよう。  最初に思いついたのは、教室の掃除だった。帰宅部であるので、朝練も部活動も私にはない。その分いくらでも好きなことに時間を使える。  朝窓をピカピカに掃除しておいた結果、先生がホームルームで眼を丸くしていた。 「あれ?あそこ、凄く汚れてたのに……誰か掃除してくれました?」 「私やっておきました!気になってたので!」 「あら、林さん。ありがとう。助かりました」  ありがとう。そのたった一言が、全身に快感として染み渡る。私は嬉しくなって続けた。 「今日の放課後、廊下側の窓も綺麗にしておきますね。ピカピカになるの、気持ちがいいので!」  毎日、少しずつ、教室の掃除を徹底していった。窓から始めて床掃除、壁掃除、天井掃除。ロッカーや棚の上、全員が使う机と椅子まで念入りに。最初は喜んでいた皆だったが、次第に私に申し訳ないと思うようになったのか、“ありがとう”がやや遠慮がちになっていった。 「あ、ありがとう林さん。でも、その私たちの机まではいいよ。個人のものだし、一人一人でやるべきだし、あんまり机の中まで見られるのは……」 「大丈夫、掃除するだけで、中身は見てないから!」 「えっと、そういう問題じゃないんだけど……」  少々やりすぎてしまっただろうか。周囲の反応を見て、私は新しいやり方を考えなければと思った。ありがとう、がどんどん萎れていくのを感じる。なんだかどんどん達成感も薄れていっているような気がしていたのだ。掃除はほどほどにするべきか。なら、もっと他に皆に感謝されることを考えなければいけない。  次に始めたのは、とにかく落し物を探してかたっぱしから交番に届けることだ。落とし主がすぐ目の前にいない時は、交番に届けるしか方法がない。財布や携帯といった貴重品はもちろん、ハンカチ、手袋、キーホルダー。家から学校までの道すがらでも、落し物というものは探せばいくらでも見つかるものだった。それらを全て、見つけた端から交番に届けていく。それも、最初はゲームのようで面白かったのだけれど。 「ミクちゃんどうしたの。最近ちょっとやりすぎじゃない?」
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