ありがとう、ありがとう。

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ありがとう、ありがとう。

「あ、ちょっと待って!」  廊下で女の子が落としていった、黄色いハンカチ。ヒヨコのマークがついた、とてもかわいらしいものだった。私は慌てて拾い上げると、気づかずに階段を降りようとしていた彼女の肩を叩く。 「これ、貴女のだよね?落としたみたいだよ」 「え……あ、あ!」  今時珍しいおさげ髪のその子は、名札の色からしてまだ一年生なのだろう。差し出されたそれを大きな眼をまんまるにして見つめた後、自分のポケットを慌てて探って事態を理解。そして。 「あ、ありがとうございます!す、すみません私、そそっかしくて」 「いいよいいよ。気づいて本当に良かった。次から気を付けてね」 「はい!」  ぺこぺこと私におじぎをしてハンカチを受け取り、そそくさと一緒にいた友達と共に階段を降りていく。急いでいた様子からして、購買にでも向かうところだったのだろう。昼休み、うちの高校の購買部は本当に混み合うことで有名だ。売っているパンが絶品と名高い上に、種類も量も限定されているからだろう。女子でも食べやすいカロリー控えめなものや甘いものもあるし、狙いに行っていてもおかしくはない。  まあ、購買がある方向に向かっていたからといって、他の用事である可能性もなくはないのだが。私とて、特に用もないのに散歩したくてふらふら歩いているだけなのであるし。 ――ありがとう、か。……なんか、良い気分。  人助けは素晴らしいこと。幼い頃から、両親に叩き込まれて育った私である。特に見返りが欲しいわけではない。ただ、ちょっと自分にできることをして、その結果笑顔で“ありがとう”と言われると、心底誇らしい気持ちになるというそれだけのことである。他人を尺度にするのはあまり良いことではないが、自分を“価値ある存在だ”と再認識するのには善行が一番だと私は考えていた。  別に、大きなことをしたいと思っているわけではない。  ただちょっとだけ、困っている人を見かけたら積極的に助けたり、募金活動を見たら積極的に協力したりというだけだ。ほんのそれだけで、私は私をもっともっと好きになれるし、相手も助かる。まさに良いことしかない。ついでに言うと、少し良いことをするように心がけるだけで周囲の評価もうなぎ上りと来ている。偽善者と言いたければ言え、迷惑かけるどころかWin-Winの関係をあっちでもこっちでも保てるなら最高のことではなかろうか。 ――私も、ちゃんといろんな人にお礼を言うように心がけないと。高校卒業したら大学生……大学生にもなったら大人も同然なんだし。  今日も、ちょっとだけ良いことをした。鼻歌を歌いたくなるようないい気持ちで、私は玄関から外に出た。昼休み、ささっとご飯を食べたら校内をぐるっと散歩するのが私の日課である。無理強いはけしてしないが、可能なら親友のエリやナナと一緒に歩くこともある。今日のように天気が良い日の散歩は最高だ。ローファーに履き替え、足取りも軽やかに下駄箱から外に出た。
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