宵に鎮魂歌

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 今夜の月は寒空には似つかわしくない程、赤く燃えていた。狂ったように光を放つ月を、ただ僕は傍観していました。 君は真冬だというのに暖房も無いこの部屋で、漆黒のワンピース一枚のみを身に纏っていました。 闇に侵されたこの部屋唯一の光源は、狂い月だけ。 それを頼りに君は無心にワンピースと同じ色の黒いマニキュアを塗っていました。 其れ特有の匂いが、狭い室内に充満します。 「ねぇ、君。窓を開けても構わないかな?」 「外はとても寒いわ。生きていく上で、我慢は必要なことよ」  君は妖艶な微笑みを浮かべて、そう言いました。 僕は気取られぬように軽くため息をついて空を眺めます。君と出会ってから、もう一年が経ちました。 けれど、その時間は永久のようにも瞬き程のようにも思えます。 君は普通の女の子ではありませんでしたね。 否、普通という言葉の定義は難しい。とにかく君は、僕を厭きさせることがありませんでした。 其れ故に、共に過ごした時間を短く感じたのかもしれません。 十本の爪を漆黒に塗り替えた君は、とても満足そうな顔をし、それも束の間今度はペディキュアに没頭し始めます。 僕は君の観察をしていることが少し退屈になってしまったので、CDプレイヤーの再生ボタンを押しました。 何のCDが入っていたのかも憶えていないくらい扱うのが久しい機械から発せられる音楽は、どうやらヴェルディのレクイエムのようでした。 何時、どのような経緯でこの曲を買ったのかは憶えていませんが、何故かこのレクイエムは僕の心を和ませました。 君は爪を塗る作業を止めて、僕の方を見ました。
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