水葬

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 僕の席の近くで楽しそうに言葉を交わす二人の声を、ぼんやりと聞く。  これでよかったのだと、何度目かわからないが心に言い聞かせる。  頬杖をついて、二人の方へ視線を向けると、ちら、と那緒と目が合った。  目が、合った。  那緒のどんぐり眼が、驚きに見開かれる。つい、と視線を逸らして、口元だけで意地悪く笑ってやる。動かした視線の先の空が、気持ち悪いほど晴れていた。  教室の前扉から、翔を呼ぶ担任の声が聞こえる。翔が席を立ち、僕の肩にそっと触れた。 「那緒、あっきー。俺、呼ばれたから、ちょっと行ってくる」 「いってらー」  離れた手を追って、翔の背中を見送った。  すぐに那緒が、僕の正面にまわって、じっと目を覗き込んでくる。 「いつから」 「今朝」 「病院は」 「今日の放課後行くよ」 「すぐ行けよ」 「学校は休みたくなかった」 「大事なことだろ!」 「那緒に結果を聞く方が、僕には大事だった」  那緒の目に、涙が溜まっていく。ほんとに、優しいんだよな。  椅子に腰を下ろした那緒が、翔が去って行った方を見て頬を掻く。ちら、と僕を視線だけで振り向いて、いじけたように、気まずそうに目を逸らす。 「うまくいったんでしょ?」  昨日の雨の気配は、もうどこにもない。もしかしたら、僕の恋も暗闇の世界も、雨が流していってしまったのかもしれない。なんて、そんなロマンチシズムは性に合わないけど。 「うまくいった……っていうか……なんて言ったらいいのかな」 「両片思いだった?」 「……俺、あっきーに隠しごと、できないのかも」  たはは、なんて間抜けに笑う那緒を見る。  僕の今までの気持ちを全部、那緒に伝えたら。那緒を受け入れて、那緒に受け入れられた翔に伝えたら。僕は、一度に二人の親友を失ってしまうかもしれない。 「もしかしてさ。もしかしてなんだけどさ。……あっきーは、翔の方の気持ちも、わかってたりしたのかな」  やっぱり、僕は那緒のことなら彼の顔を見なくてもわかる。そんなこともあり得るかもな、と思っていながら、実際にそうだったとしても、全てを教えなかった僕のことを怒るつもりは毛頭ない。だから、僕からの答えも決まっている。 「わかってたさ。二人とも、わかりやす過ぎるんだよ」  喉からは、乾いた笑いだけが零れ落ちる。涙も恋も、雨で流して葬った。  乾いた目には、晴天も那緒の清々しい表情も、眩しすぎる。やっぱり、苦しくても盲目のままの方が、よかったのかもしれない。 「まじか。じゃあ、俺があっきーに相談した時もさ、『早く告白すればいいのに』とか思ってた?」 「言ったじゃん。叶うかもしれないのに、言わずに後悔するのかって」 「言わずに後悔、か。……よく聞くような言葉だけどさ。実際にそうなっちゃうかもしれなかったと思うと、今更ゾッとするよ」  言ってくれて助かった、と那緒が続ける。僕の言った言葉と言わなかった言葉で、彼らが幸せになれたのだと思えば、僕の恋は雨で水葬してよかったのだと思えた。  それでも、本当にそれでよかったのかと、喉のどこかに引っかかる小さな気持ちが、ないわけではなかった。  きっと、この気持ちをまた自覚してしまえば、また僕の目は潰れてしまう。暗闇の世界で、彼らの声を聞くだけになってしまう。  葬った癖に息を吹き返そうとしている心の欠片が、ほんの少しだけ、口を突いて出た。 「那緒と翔には、必要な言葉だと思ったんだよ。言わないまま苦しくなるより、マシだと思った。なにより……僕もそうだったから」
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