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「お前は、……どうして……!」
お前と言われても、腹は立たない。自分に腹が立つし、悲しく思えるほどだから。
「社長、失礼いたしました。大変申し訳ありません」
「いやいや、気になさらないでください。デザイン案は非常に心惹かれたので、これでいきたいと思っています」
美花は、所長の隣で小さくなって座っていた。そうするしかなかった。
社長といわれる人物を、改めて失礼のない程度に観察するが、どうにも印象に残らない。
メガネと紺のスーツ。顔には普通に目鼻口があるというだけだ。気付けと言う方が難しいだろうと思うのだが、どうやら普通は違うらしい。
外回りから戻り、ビルの入り口で会ったこの男性が、今回引き受けた仕事のクライアントだったとは気付かずにいた。
初めての顧客と思い込み、ご案内した。先方は、ずっと戸惑っていたに違いない。何せ、会うのは今日で四度目だから。
学生時代のアルバイトも、顔覚えの悪さでクビになった。空間ディスプレイに憧れ、好みのファッションビルで働きたいがために、ショップ店員になろうとしたがダメだった。
せっかく商品を買い求めに戻ってきた客に、初対面のように接しているのを何度も他の店員に目撃され、一週間で辞めさせられた。
客商売は何度挑戦してもダメ。
昔は友人が多かったが、人違いが決定的な誤解やトラブルに繋がることがあり、自然とごくごく僅かな親しい人とのみ、付き合うようになった。
思春期は、それが原因で塞ぎ込んでしまうこともあり、親と共に大きな病院に行ったこともあった。
おそらく、美花の母は医師から具体的な説明を受けていたのだとは思うが、当時の美花には受け止められなかった。
もう、日常に疲れすぎていた。
少しずつ何かを諦めながら、“このままの自分で可能な日常”を創りだしてきたのだと思う。
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