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迷惑をかけない程度に生きていこう。
狭い世界で、自分ができることをして生きていこう。
家族や親友は、認識できるのだから。
ある程度の年齢になり、一通りの失敗を重ねたあとは、そう割りきることにした。
デザインに興味があり、自分の特性の不利を埋めるために、取れる資格はとにかく取得した。他の人のデザインから学び、オリジナリティを出そうと創作に励んだ。
その甲斐あって、なんとかデザイン事務所で働くこともできた。
所長には、採用時に自分の特性について伝えてはあった。「それくらいはフォローする」と言って貰えたけれど、限界を越えたのかもしれない。
あの社長が帰ってから、改めて話があるに違いない。
最終的には失礼を詫び、具体的な内容まで決める当初の予定通りの打ち合わせができた。
美花に対して若干の戸惑いは見せながらも、不信感や怒りを抱かせずに話をまとめてくれたのだから、所長には感謝している。
くだんの社長が退席してから、案の定、所長室に呼ばれた。
「木下。顔覚えの悪さが、正直ここまでひどいと思わなかった。」
「申し訳ありません」
「お前、もしかして外で会ったら俺にも気付かないのか?」
「いえ。そんなことありません。所長は、声で分かります」
「姿では?」
一瞬詰まった。目をそらして浮かんだ所長の姿は、派手なネクタイだけだったから。
溜め息をついた所長は言った。
「今度からクライアントのデータに担当者の顔写真をつける。あとは自分で工夫しろ。
それでも、今日のようなことがあったら。分かるよな?」
美花は頷くしか出来ない。
「俺には責任が取れない。信用で成り立つ仕事だからな。その時は残念だが、辞めてもらうしかない」
「申し訳ありません」
「これでも木下のセンスは買ってるんだから。俺がクビにするなんて選択、しなくて良いようにしてくれ」
「すみません。ありがとうございます」
所長と経理とデザイナーが3人、5人だけの事務所だ。和気藹々とは言っても、ライバル心があるのは当然。美花の特性が気に入らない人もいるだろう。それを知りつつ、所長が美花を認めていることも。
何かがあったわけではないが、今までの経験上、想像がつくから。
精一杯やってみる。
それでダメならーー
その時だ。
よし。
今日は好きな花を買って帰ろう。
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