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そんな中で、美花がどうしてもうまく咲かせられない花がある。しかも、美花が好きな花トップ3に入る、あの花。
“peony” つまり芍薬。
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。」のあの芍薬だ。
春から初夏のわずかな期間、花開く。
丸いコロンとした蕾。
その段階で切り花を買い、日々今か今かと待ちわびる。
それなのに。
幾つかの蕾は、花開くことなく何日も過ぎていく。待ちきれずに触れた途端、はらはらと散ってしまう。
その度に、美花は泣きそうになる。
一本400円前後する花を無駄にしてしまったことは勿論、咲けばあれほど華やかで薫りの良い花を、台無しにしてしまったことに心が痛んで仕方ない。
自らの出す蜜が、萼や花びらを外から固めてしまうのだ。
内側から開こうとする力が蜜に勝てず、何かの衝撃ではらはらと散ってしまう。
何だか、人みたい。
美花は、そう思ったら余計に咲かせてあげたくなった。同時に何だか怖くなった。
だから、最近は綻び始めた蕾だけを買うようにしている。
嬉しいことに「eternal」は、客が手にとって好きな一本を選べる。枝振りや花の大きさ、蕾の数などを見極めて選べる。
値段は同じだから、本当に良いのかしらと思いながら、とっておきのお気に入りを選ぶのだ。
たった3本のためとは言え、当然店内の滞在時間は長くなってしまう。美花本人は無自覚だが、「eternal」では名物客の一人に挙げられている。花の元気がなくなったら、次の3本を購入することは店員さんとの遣り取りで語ったことがある。話した相手が、どの店員さんなのかは知らないけれど。
皆さん親しげに挨拶をしてくれて、花について話すだけだから、会話は弾む。
この関係は非常に心地よい。
花も、そこで働く店員さんも、美花を癒してくれていた。
花を咲かせる期間が恐ろしく長いことから、「eternal」では美花を“緑さん”と呼んでいた。
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