peony ~first~

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 ある日、美花の好みにぴったりの、白に近いごくごく淡いピンクの八重咲きの芍薬を見かけた。表示には「芍薬(白)」と書かれていた。同じ容器には、蜜がたっぷりついた大きめの蕾が幾つか。  そのうちの1本に、なぜか目を奪われた。  これ、欲しい。  咲かせたい。  一目惚れ。  しかも、溺愛レベル。  “この子”がいい。  魅入っていると、店員さんが近づいてきた。  線の細い人だと思ったけれど、無造作に捲った袖から出た腕は、骨太な上、筋肉質に見えた。その装いに、もう春も終わりなんだな。と思った。汗で幾つか束ができた前髪に、花屋は重労働なんだな。と感じた。  綿の白シャツにジーンズ、店名がプリントされた、深いグリーンのエプロン姿の店員さん。  人の顔をなかなか覚えられない美花だが、数人しかいない店員さんのうち、ただ一人の男性店員だから認識できた。  この店にいる男の人はこの人。そんな風に、人物を記憶していく。 「こんにちは」 「今日はどの3本にしましょうか?」 ーー覚えられていたか。さすが、客商売。羨ましい。 「この子が欲しいんです」  美花は、目を付けた一本を手に取った。 「『この子』ですか?」 「あ」  思わず声が漏れて、慌てて口を塞いだけれど今さらだ。 「そういうの、俺、いいと思いますよ」  彼は、“本当だよ”というように何事もなかったような表情。 「私はこの子、ラナンちゃんて呼ぶんです。内緒ですよ」  彼は、美花が持つ芍薬とよく似た色のラナンキュラスを指差した。  さっきは「俺」って言ったのに、今「私」って言った。  なぜか印象に残った。 「もう、この子たちの季節は終わりですけどね。芍薬さんと交代」  “芍薬さん”?  ラナンキュラスはちゃん付けで、芍薬はさん付けなんだ。様とか、呼び捨てもあるのか聞いてみたい。 「店員さん、本当に花が好きなんですね」    彼は、少し驚いた表情をしてから頷いた。 「仕事に選ぶくらいですから」 「店員さんは、アルバイトではなく、社員さん?」 「ええ、まあ、そうです」  なぜか、彼は笑いをこらえたような口許で答えた。 (この人、もう1年以上来てるのにな……)  「eternal」は佐倉の店だ。企業のフラワーデザインが業務のメインだが、小売りもしている。手が空いているときは、こうして店に立つ。  “店員さん”と呼ばれた佐倉は、込み上げる笑いをぐっと抑えるために、重い花器を移動させた。
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