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「それで、芍薬を咲かせる極意は?」
「花がひらくための、お手伝いをするんですよ」
「お手伝い?」
「自らの蜜で、花が開かないんです。芍薬は。自分で自分を縛って、花開かず散ることがあるんです。最近は咲くものが出荷されるようになりましたが、まだ咲かずに終わる蕾は多いんです。」
「そうなんですか?」
「庭でほぼ自生している芍薬は、蟻などの生き物が手伝ってくれるんですけどね」
「ああ、なるほど」
「だから、切り花は濡らした布等で蜜を緩める。そして、そっと指で蕾を解すんです」
「どのくらいのペースで?強さは?」
美花は、食いつくような勢いで尋ねた。
「それはもう、ほどよく、としか言えません。適切なタイミングに、丁度良い強さで」
思わず溜め息をついた。
「ほどよさの加減が知りたいんです」
「方法は知ってたんですか?」
「知っていたわけではないのですが、状況から判断して何度か試しました」
「さすが、“緑さん”」
「誰でも思い付きますよ」
「そんなことないですよ。私だって、店を持ってから気づいたくらいで」
「店を持つ?えっ?」
「あー、はい。私が『eternal』店長の佐倉です。」
「すみません!色々失礼を……」
さすがに美花は落ち込んだ。元気になりたくて花を買いに来た店で、またやらかしてしまったのだから。
「私、顔覚えが悪くて。かなりの重症なんです。以前、ご挨拶してくださっていましたよね?このお店、男性がお一人だから間違えないと思って油断しました。すみません」
「いえいえ。謝らないでください。これはただの興味なので、差し支えなければ教えてください。」
「なんでしょうか?」
「この店に男性が一人、と記憶された私は、誰と間違われたのですか?」
「確信はないのですが、きっと同じ日に行った同じような規模のお店とか会社の方と勘違いしたのだと思います。」
「会話したのが、この店だけではないから間違えたのかも」とは言わないでおこう、と佐倉は思った。きっと、覚えられない自分を責めているだろうから。彼女の切実さが、表情から伝わってきたから。
「じゃあ、今日で覚えていただけたでしょうか?」
「勿論!エピソードができましたから」
佐倉は、嬉しそうに微笑んだ。
「ただ、スーパーとか駅で会っても気付かないかもしれません。そのエプロンを着けていてくださると、分かるんですけど」
懸命に話す美花を前に、佐倉はお腹を押さえて笑いだした。涙まで滲ませている。
最初は唖然としていた美花も、ついつられて笑いだした。しばらく、二人で笑い続けてしまった。
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