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12年前
「へぇ、こんな場所があったんだな」
「ここなら屋台通りから遠いから人はほとんど来ないし、橋の真ん中に立つとちょうど正面に花火が見えるのよ」
この夢乃橋は小さい頃に家族で花火大会に来て、迷子になった時に偶然見つけた、私だけの秘密の穴場スポットだった。
橋の欄干にもたれかかり、二人で並んで花火を観る。
「綺麗ね」
「おう」
「あれ全部、あなたのお父さんが作った花火なの?」
「おう」
「あなたも将来花火師さんになって、あの空に、あなたの花火を打ち上げるの?」
「おう。俺は絶対、花火師になる」
しばらくはお互いに無言で、次々打ち上げられる花火を見つめ続けていた。
先に沈黙を破ったのは彼の方だった。
「出発はいつ?」
「明後日」
「東京って良いところ?」
「さぁ。行ってみないことにはわからないわ」
私は明後日、この町を離れる。九月から東京の学校に編入して、本格的に歌の勉強をするのだ。
シンガーになるという、私の夢を叶えるために。
「俺、お前の歌声、好きだよ」
彼がぽつぽつと語り出した。私は黙って、不器用な花火バカの言葉を胸に刻む。
「お前が自分の夢に向かって頑張るのを見て、いつも勇気を貰ってた。一生懸命歌うお前の姿は、すごく眩しくて、その……」
そこで彼は一度言葉を切り、照れ臭そうに頭を掻いた。
「綺麗だった」
……浴衣姿を見ても言ってくれなかったくせに。
何だかとても温かなものが、胸の奥から身体中にじんわりと広がって、私の目頭まで熱くした。
「遠くに行っても、俺はお前をずっと、応援してるから」
彼からの餞別の言葉を聞き終えた私は、衝動的に彼の胸に飛び込み、奪い去るように、最初で最後の口づけをした。
遠くの夜空では、花火大会の終わりを告げる一発が、私の涙とともに、地面に吸い込まれるように散っていった。
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