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現在
そこに見えたものは右半分が茶色で左半分が白色という、たった二色だけで構成されたなんとも地味な花火。
しかも茶色いルーの部分が先に消えた後も白いライスの部分だけ残ってしまったり、その逆だったり、お世辞にも上手とはいえない出来映えに、我ながら苦笑してしまう。
だけどこの空一面を覆うへんてこな花火は、俺の感謝の形だった。
妻とは別にもう一人、遥か遠い空の下からずっと俺に勇気を与え続けてくれた、俺の夢を支えてくれた女性へ。
別の世界で生きる彼女に俺の気持ちが届くことはないだろう。
だからせめて、あの日最後に交わした約束だけは守りたかった。
「そういえば、好きな食べ物は『カレーライス』って、ブログに書いてあったなぁ」
わざとらしくそう言った妻の顔は、またフグみたいに膨らんでいた。ここにきてようやく観念した俺は、彼女に全てを白状した。
「悪い。俺さっき、嘘吐いた。本当は俺、この人の大ファンなんだ。ずっと昔から」
「もうっ、とっくに知ってるよ! あなた嘘を吐く時、指で鼻の頭を掻くクセがあるの! 気が付かなかった?」
全然気付かなかったと驚愕すると同時に、最初から全てわかっていて俺の反応を見ていたのかと、今度は俺が膨れる番だった。
が、つまるところ、今日の妻の不機嫌の原因は全て、いじらしいほど健気な嫉妬心によるものだったのだと気付き、咎める気など失せてしまった。
どうやら俺は花火だけでなく、女心の勉強も必要らしい。
花火大会が無事終わり、家路に着いてゆく人の波を見ながら、俺は一つ、ご機嫌取りの妙案を思いついた。
「来年は君のための花火を作るよ。日頃の感謝を込めて、一生懸命作るから」
「ほんと? あの人のより綺麗なの、作ってくれる?」
「おう」
妻は例のごとく俺の顔をジッと見つめた後、「私、チョコレートパフェがいい」と言った。
また難しそうなものを、と頭を抱える俺に、妻がいたずらっ子のような笑顔で追撃の一言を放った。
「もし下手くそだったら、次の一年間練習を兼ねて、あなた、料理係だからね! もちろん食べられる方の!」
「おいっ! ……全く、不幸な結婚生活だよ」
「それ、本気で言ってる?」
俺は答える代わりにわざとらしく、鼻の頭を指で掻いてみせた。
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