空の亡骸

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屋上に出ると絶望的に眩しい夕日の金色が香住綾乃(かすみあやの)の身を包んだ。 じわじわと肌を焼く温度は綾乃の気持ちと反するように柔らかく暖かい。 綾乃は死のうとしていた。 両親からの押し潰されそうになる程の期待。 周囲からの妬みや嫌悪の視線。 そして、孤独。 自分のことを理解してくれる人など誰一人としていない。 この先も、きっと。 全てに失望した綾乃の心はボロボロになり、死という甘美な誘惑に蝕まれる。 吸い込まれるように屋上のフェンスに自身の体重をかける。 あとは地面を思いきり蹴るだけ。 それだけだったのに。 「ちょっと待った!」 後ろから突然自分宛にかけられた声のせいで踏み留まってしまう。 振り返ると同じクラスの男子である高橋咲夜(たかはしさくや)が顔を真っ青にして立っていた。 自殺しようとしている所をクラスメイトに目撃されるのは気不味い。 お互い夕日の沈む屋上で黙りこむ。 沈黙が続き、先に口火を切ったのは咲夜だった。 「お前、なんか嫌なことでもあったの?」 咲夜はやや震える声で話す。 綾乃はぶっきらぼうに答えた。 「別に、何もないから死ぬのよ」 咲夜とは同じクラスでも数回しか話したことがなく、特別仲の良い友人などではない。 そもそも自分には信頼できる友人など存在しない。 「高橋には関係ないでしょう」 「目の前で死なれたら困るよ。警察から事情聴取されるとか面倒くさいじゃん」 「…………」 死ぬ人間に対してあまりにも失礼な言葉である。 しかし、言っていることがあながち間違っていない為に綾乃は唇を噛む。 己を睨む視線に気付かず「あ、そうそう」と咲夜は会話を続ける。 「死ぬほどつまらない小説があるんだ。誹謗中傷もざらで、それでも毎日更新される。一生続くくらいの長期連載」 咲夜は笑う。 「あれってどんな風に終わるんだろうね」 「……それが私と何の関係があるのよ」 「お前さ、その小説の最終回見るまで死ぬの止めなよ。そんでどれだけつまんなかったか感想聞かせてから死んでよ」 「……普通面白いものとか楽しくなるもの薦めるでしょ」 「この小説より自分の生き様の方が味があるって思えるよ」 「ショック療法? いや暴露的心理療法か……?」と考え込む彼を見て綾乃は今日死ぬのは無理そうだなと思った。 取り敢えず、家に帰ったらパソコンを開いてみよう。 屋上で会った少年と変な約束をしてしまった。
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