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やめてしまおう。
そう思ったのは突然だった。
何の前触れもない、なんなら次に更新する話を昨日まで考えていたくらいだ。
ただ、急にどうでもよくなってしまった。
何もかも投げ棄てたくなった咲夜は全てを終わらせる為に屋上まで来ていた。
血のように赤い夕日に目を細めフェンスに近づくと、一人の少女がフェンスを乗り越えようとしていた。
咲夜は慌てて少女を止めた。
自分も同じことをしようとした癖に、少女がやっていることがとても愚かに見えた。
止められた少女は同じクラスの香住綾乃だった。
綾乃は命こそ助かったが、目が虚ろで生気がなかった。
綾乃の生は首の皮一枚繋がった状態でとても危うい。
もしかしたら明日自分のいない場所で死んでしまうかもしれない。
咲夜は彼女の生きる保証として自分の小説を持ち出した。
おかしい話だ。
つい先程まで自分は小説のせいで命を投げ出そうとしていたのに。
咲夜の小説は彼女と自分自身を生かす切り札になったのだ。
「実はさ、最後どうなるか決めてないんだよね」
「そうなの?」
「うん。決めてないのに途中で投げ出そうとしたんだ」
自嘲気味に咲夜は笑う。
「駄目な作者だ、俺」
「約束、ちゃんと守ってよね」
綾乃はブレザーのポケットから携帯を取り出した。
「初めてわがまま言って買って貰ったんだから。さっさと更新して続きを読ませなさいよ」
綾乃が笑った。
彼女の笑顔は朗らかで明るく、もう先日のような張り詰めた表情ではない。
「私があんたの小説に飽きるまで、あんた死ねないよ?」
咲夜も吹き出すように笑った。
「立場が逆転したな」
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