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鼻が覚えたあの人の匂い。
バレードのジプシー・ウォーター。
トップノートは爽やかな柑橘系……ベースはヴァニラの甘さを纏うウッディ系。かすかに寺のお香や野草のような匂いも混じった個性的な香り。
見た感じがお堅い人なだけに、香りの自由さがギャップを与えてて案外良い。
タクシーの後部座席の端と端に座って、微かに香るいつもの匂いに鼓動が早くなってるのは自覚してて、この人がそれを聞き取れないことは分かってても落ち着かない。
こうやって仕事終わりに迎えに来た牧田さんと行く食事も、もう何回目か分からない。
『言っとくけど、食事だけだからな。約束守れよ』
そう言ったのは俺なのに、回を重ねるごとに落ち着かなくなる。
いつまでもこのままじゃいられない。
だって……本当にただ一緒に食事をすることだけが目的なわけはない。いい大人が。
この人が連れて行ってくれる店はいつも上品で、それなりの値段は確実にするところばかり。
そうなって来るとプレッシャーがかかるのは俺の方。なんか、タダ飯食ってるような気になるっていうか……
終わりを切り出さなければ、そう思いながら、嘘みたいな時間を過ごしてる。
まるで覚めなければいい夢を見ているみたいな心地のくせに、早く目覚めて自分を取り戻さなければと思うんだ。
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