521人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
『来ないで。今日は疲れてるから。明日、また連絡する』
『今タクシー?行先変えてもらって』
『もう帰るよ。来てもいないから』
メッセージを送っても、既読にはなるのに返事が返って来ない。
伸一さんは俺の性格をよく分かってる。
返事をもらわないまま無視して帰るなんて俺が出来ないって事。
片付けも着替えも終わってあとはもう店を出るだけなのに、厨房だけに明かりのついた薄暗い店内をウロウロしてしまって……
やがて店の前で車のヘッドライトがぴたりと止まって、心臓まで止まりそうになる。
来た……!
せめてもの抵抗に慌ててドアに鍵をかけてカーテンを引く。
どきどきと外からでも聞こえそうなほど鼓動は強く、速く……
──コンコン
思わず息を潜め、動きを止める。
「潤。そこにいるんだろう。ここを開けろ」
ガラス1枚を隔てた遠い声。でも……すぐそばにいる、伸一さんが……
「来ないでって言ったのに……なんで来るんだよ……!」
「いいから早く開けろ」
「いやだ……!」
「訊きたいことがある。君も私に言うべきことがあるだろう」
きゅっと胸がひきつる。
それは昨日のことに違いなかった。
伸一さんとの約束を破って飲みに行って、飲み過ぎて正体を無くして、遥の部屋に泊まった……
罪悪感でいっぱいになって追い詰められた鼠が歯を立てるように、叫ぶ。
「伸一さんだって……!俺に言うことがあるだろ……!」
聞きたくないくせに。
脳裏に翻ったあの男と伸一さんのリアルな抱擁の妄想が、胸の奥を傷付ける。
「何を言ってる……私が訊きたいのは君が昨夜、何をしていたかということだ。誰と、どこで、何をしてた」
詰問口調は心の鎧をかき集めさせ、素直だった自分が幻のように消えてゆく。
「そんなの俺の自由だろ……大の大人がなんでそこまで言われなきゃなんねえの」
涙がほろっと零れた。
滑稽だ。
恋愛は人を愚かにする。
自分の気持ちひとつコントロールできない……
「言えないようなことをした、と……そういうことだな……」
伸一さんがたどり着いた結論をストレートに否定できずに口をつぐむ。
「君が複数の男と寝ていたことは知っていたが……まさか今も続いていたとはな」
いつも静かに話す伸一さんの、ぞっとする冷たい声。
恋しくて……哀しくて……俺は俺の名前を愛しげに呼んだ彼を探して……「そんなことしてない!!」って叫んでた──
最初のコメントを投稿しよう!