ジプシーウォーター 彼の香り

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案の定、それから数日経った日の午後。 気付けばショーケースの端の方に難しい顔をした牧田さんが立っていた。長身の、男っぷりと渋みが際立つ、少なくともスイーツショップには似つかわしくない男。 会計を済ませてケーキの箱を受け取っている女性客もチラチラ彼を気にして、スタッフに小さく頭を下げてそそくさと出て行ってしまった。 「牧田さん……」 俺が厨房から出て名前を呼ぶと、牧田さんは堂々とした良い姿勢のままじろっと目線だけ動かした。 不機嫌そうなそのオーラや威圧感は、営業妨害と言ってもいいんじゃないかってくらい。 「ご注文は?もうお受けしたの?」 女性スタッフに声を掛けて彼女が首を振ると、牧田さんは「今日はケーキを買いに来たんじゃない」と生真面目な顔で言った。 「お客様。当店にご入用のものがないのなら、お帰り頂けますか」 俺が、丁寧だけど険は伝わるだろう声音で言うと、これまた表情を変えずに「食事の約束を取り付けるまで帰らない」って…… 「困ります。警察を呼びますよ」 「呼べばいい。私は何もしていない。ここにいるだけだろう。それともここは、入店後、制限時間内に必ず何か買わないといけない店なのか?」 「……」 ムカつく…… ふと外を見れば、次の女性客が4人ほど、外観をバックにスマホで写真を撮ってる所だった。あれが終わればもうじき入って来るだろうし、この押し問答でお客様の一期一会の邪魔をするわけにはいかなくて、俺は「分かった」と会話を締めにいくしかなかった。 「今夜仕事終わりに迎えに来て。言っとくけど、食事だけだからな。約束守れよ」 きつい眼差しを向けても牧田さんは顔色一つ変えない。 「閉店時間に迎えに来る」 そう言って、さっと身を翻して静かに店を出て行った。外で写真を撮ってた女性たちが、すれ違った牧田さんをちらっと見送って何やらひそひそキャーキャーやってる。 分かるよ。だってあの人、不愛想だけど佇まいや身のこなしは腹が立つほどエレガントなんだ。 少し鼓動が早くなってる。 そりゃそうだよ。未だかつてこんなアプローチ受けたことねぇもん。 大丈夫。無理やりどうこうされるタマでもねえし……美味い飯をご馳走してもらってオッサンの話に付き合えばいいだけなんだから。 俺はそんな風に理詰めな独り言で頭をいっぱいにして、予感めいた胸のざわつきを無理に押さえ込んでた。
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