パラレルワールド

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パラレルワールド

 次の日の夜、穴はさらに大きくなっていた。顔がすっぽりと入るぐらいだったから、大胆になった僕はそこに頭を入れた。  逆さまになったジュリエットが、音楽に合わせてエクササイズをしていたが、イチニのちっちゃい掛け声といまいちリズムに乗り切れていない姿が妙に愛らしかった。もちろんこちらに気づくようすはまったくない。  僕の部屋の下にあるはずのここは、まったく違う場所に存在するであろうと思われる事実を、ジュリエットと分かち合いたいと強く思った。穴もそうだけれどこれは事件だから。  あのー……  かけた声に、ジュリエットは飛び上がらんばかりの反応を見せた。後ずさりながら左右を見ている。声は聞こえるようだ。 「誰? 誰!」壁に背中をつけてうろたえている。 「僕、怪しいものではありません」十分怪しい。 56f29c7d-5632-401f-a773-559afd7f5573  雑誌といわずヘアブラシといわずドライヤーといわず、手当たりしだいにこっちに向かって投げ始めた。それは壁に当たりベッドの上に落ちていった。ドライヤーの音といったらそれはひどかった。声の方向はわかったようだ。 「ある日、僕の部屋の床に穴が開いていたのです」  説得しようと焦ってはいけない。僕は静かに、ひとり語りでもするように順を追って話し始めた。 「そして、あなたの部屋が僕の住む下の階ではないことが判明したのです」  僕の穏やかな話しぶりに、彼女は少し落ち着きを取り戻した。 「下に住んでいるのは、杉本権蔵という学生風の人です。ときどき彼女が来るみたいです。なんというか、ちょっと気の強そうな彼女です。それはいいんですが、知りませんよね、権蔵さん」 「知りません。ということは……えぇとお名前は」 「あ、申し遅れました。土屋賢也といいます」 「ということは土屋さん、パラレルワールドかもしれませんね」完全に落ち着きを取り戻したジュリエットは、ドライヤーとかブラシを片付けながら見上げた。 「はい?」 「平行宇宙です。同じような地球がたくさんあるのです。そんな小説を今読んでいます」 「小説の話ですよね」 「いえ、ありうる話です。ここに住むわたしがいる世界と、違うところに住んでいるわたしがいる世界があって、その穴はたまたま偶然につながった、とか」
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