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残照の前に
約束の午後六時は過ぎた。陽が落ち残る七月の空を見上げ、僕はふぅとため息をついた。顔はもちろん頭に焼き付いたから、待ち合わせで賑わうアルタの前を何度も往復した。
心躍らせながら見つめた一分はとても長く感じたけれど、過ぎてしまった時計の針は、希望を乗せて遠ざかる列車さながらに、驚くほど速く僕を置き去りにした。もう来ないとわかったけれど離れることができなかった。
なんで携帯の番号を聞いておかなかったんだという後悔は、来ないものなら電話をしたって無視されるのがオチだと打ち砕かれた。
僕が諦めたのは二時間も過ぎてからだった。辺りはすっかり暗くなり、大人色をした新宿のネオンが灯っていた。
帰宅して穴のそばに座り込み自棄気味に缶ビールを飲んだ。完全にフラれたのかそれとも急用でもできたのか。明かりがともっていても声をかける勇気が出なかった。
僕が決心したのは三本目の缶ビールを一口飲んだ時だった。酔いに任せて顔を入れた。
「杏奈さん、来てくれませんでしたね」
「来なかったのは権蔵さんの方でしょ!」
怒っていた。希望が見えた。杏奈さんがきっと、待ち合わせ場所か時間を勘違いしたのだ。
「権蔵さんは下の階の人です。僕は時間前には行きましたよ」
杏奈さんがベッドの横に来て見上げた。
「ホントですか?」期待通りノースリーブに短パンの部屋着だった。首にタオルをかけている。
「はい、嘘をつく理由がない。杏奈さん、お風呂上がりですか」
「雨に濡れたからシャワーを使ったんです」
「待ち合わせは、午後の六時で合ってますよね」
「合ってます」
「アルタ前って知ってますよね」
「知ってます」
「新宿の東口にあるアルタですよ」
「あたしは生まれも育ちも東京です!」また怒り出した。
「権蔵さん、ホントに行きました?」
「だからぁ、権蔵さんは下の階の人です。もちろん行きましたよ、会いたくて」
とそこで、僕はありえない言葉をスルーしていたことに気がついた。彼女は雨に濡れたからと言ったのではなかったか。雨なんて降ってないのに。
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