1/1

21人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

「雨が降ってたって、いつの話をしてるんですか」 「へ?」杏奈さんの声がひっくり返った。 「今日に決まってるじゃないですか。横殴りの雨だったし」 「晴れてましたよ」  こっちは、と言いそうになってやめた。だって同じ東京なのだから。だったらこれはいったいなんだ、と考えるだけで頭がこんがらがってくる。 「ホントですか?」独り言のような声だった。 「はい、嘘偽りのない事実です。僕はちっとも濡れてません」  杏奈さんが細いアゴに手を当てて黙り込み、それはしばらく続いた。 a52fd0a1-0352-4943-8c0e-00ff8a53cb1b 「そこって、いつですか?」見上げた顔は真剣だった。 「いつ? え? 日時を訊いてますか?」 「はい。もっと正確に言えば西暦と月です」 「二〇✕五年の七月です」  驚いたように、ふたたび黙り込んだ。腹ばいだった僕は起き上がり、ビールを一口飲んだ。そこで思い当たった。時間……?  急いで穴に顔を入れた。 「ねえ、場所ばかりじゃなくて、ひょっとして時間もズレてるってこと?」口にした推理は当たっていそうで怖かった。 「どうやらそのようです。これは面白くなってきましたよ権蔵さん」  権蔵さんにはもう付き合わない。面白がる彼女の感覚にも少し呆れた。 「そこは?」 「二〇✕二年です」ベッドの上で女の子座りした杏奈さんが答える。 「ここは七月七日、七夕の日であってますか?」 「日付は合ってます」 「その差三年……なんてことだ。でも、今この世界にも杏奈さんがいる、ということですよね。今まさに交わしている僕との会話を記憶しているあなたが」 「ここにいるあたしが、そのままそこにつながっていればですが」 「僕たちは織姫と彦星なんですか」  見上げた顔はちょっと苦そうだった。それが会えないことに対してなのか、たとえが悪かったせいなのかはわからなかった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加