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雨
「雨が降ってたって、いつの話をしてるんですか」
「へ?」杏奈さんの声がひっくり返った。
「今日に決まってるじゃないですか。横殴りの雨だったし」
「晴れてましたよ」
こっちは、と言いそうになってやめた。だって同じ東京なのだから。だったらこれはいったいなんだ、と考えるだけで頭がこんがらがってくる。
「ホントですか?」独り言のような声だった。
「はい、嘘偽りのない事実です。僕はちっとも濡れてません」
杏奈さんが細いアゴに手を当てて黙り込み、それはしばらく続いた。
「そこって、いつですか?」見上げた顔は真剣だった。
「いつ? え? 日時を訊いてますか?」
「はい。もっと正確に言えば西暦と月です」
「二〇✕五年の七月です」
驚いたように、ふたたび黙り込んだ。腹ばいだった僕は起き上がり、ビールを一口飲んだ。そこで思い当たった。時間……?
急いで穴に顔を入れた。
「ねえ、場所ばかりじゃなくて、ひょっとして時間もズレてるってこと?」口にした推理は当たっていそうで怖かった。
「どうやらそのようです。これは面白くなってきましたよ権蔵さん」
権蔵さんにはもう付き合わない。面白がる彼女の感覚にも少し呆れた。
「そこは?」
「二〇✕二年です」ベッドの上で女の子座りした杏奈さんが答える。
「ここは七月七日、七夕の日であってますか?」
「日付は合ってます」
「その差三年……なんてことだ。でも、今この世界にも杏奈さんがいる、ということですよね。今まさに交わしている僕との会話を記憶しているあなたが」
「ここにいるあたしが、そのままそこにつながっていればですが」
「僕たちは織姫と彦星なんですか」
見上げた顔はちょっと苦そうだった。それが会えないことに対してなのか、たとえが悪かったせいなのかはわからなかった。
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