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塞がれた穴
「あ、メモしてくれますか」
杏奈さんが手帳とペンを手に、腹ばいになったベッドで足をバタバタさせた。足が疲れているのか、早く言えと催促しているのか、それもまた、わからなかった。
「二〇✕五年の七月十日、アルタ前でお会いしましょう」
「約束はできませんよ」書き終わるとごろりと仰向けになった。
「だって……」
「いいです。僕にとっては三日後でも、杏奈さんにとっては三年後なんだから。気が向いたら、忘れずにいてくれたら来てください」
「それはナンパですか? それとも謎の追求のため」
「両方ですが、前者がちょっぴり強めです」杏奈さんは、やれやれと言いたげに笑った。
「あたしからは見えてないんですからね。穴の場所を教えてください。あ、ちょっと待ってくださいね」
姿を消した彼女は、やがてツッパリ棒を手に現れ、クリクリと伸ばし始めた。ベッドに乗り天井を押す。
「ここですか?」
「いや、もっと右。いや、それ左でしょ」
「この辺り?」
「大正解」
危うく鼻を突かれるところだった。いや──はたして向うから僕の鼻は突けるのだろうか? もしもできたとしたら、手だってつなげるじゃないか。でも、その提案はできなかった。
「ちなみに明日は母の誕生日なので、帰ってきませんから。寂しいですか?」
ベッドの上から見上げているから顔が近い。
「はい」
彼女はふっと笑った。
次の夜、穴を見ると端っこがちょっと塞がっていた。部屋は薄明かりだからレースのカーテン越しの街灯なのだろう。ほんの少し塞がれただけだから部屋を見るのに支障はなさそうだったが、穴を塞ごうとしてズレてしまったという事実は僕を悲しい気持ちにさせた。
ベッドの枕元にある懐中電灯を手にして照らしてみると、どうもそれは封筒のように見える。手を入れて引っ張り出すと、やっぱり封筒だった。次の朝、穴は跡形もなく消えていた。これで会えなければ、まあるい穴のロマンスもこれで終わる。これが一方的だというのは分かり切っているけれど。
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