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卒業式
「真波」
名前を呼ばれた気がした。そう振り向いた先には、見知った顔ぶれがあった。
「クラスの打ち上げ、行く?」
「あー……」
在学中の昼休みに何度"このクラスハズレだね"と言い合っただろうか。
行っても、期待しているような事が何も起こらないことは皆知っている。しかし、或いは。
「皆は行くの?」
「えーどうしよー。皆が行くなら行くけど……」
決定権の放棄。どうやら自由を手に入れた人間は支配を好むらしい。この空気は読むには醜すぎる。
「私、行こうかな。最後だし」
善良な彼女は、いつも醜く難解な空気をいち早く解き明かす。誰に感謝もされないのに。
「じゃあ私も行こうかなー」
「じゃ、私も」
「私も」
いつもの流れ。誰もハズレくじなんて引きたくないに決まっている。
「……でさー」
隣を歩いていた奈央が私の腕に抱きつく。都会の歩道は四人が並ぶには狭すぎる。
重いだとか痛いだとか、そんな事は言わない。彼女はこの四人の中で一番"上手い"から。それが"下手"な友恵はすでに私たちの隣には居なかった。
「ねー。誰か曲入れてよー」
このやり取りは何度目だろう。彼女がうまく隠せていると思っている本音は誰もが感じ取っていた。
「おい、小中〜お前、アレ入れろよ!」
「ここで? マジかよー」
「えーなに。やだー!」
チープな盛り上がりを冷めた目で見つめながら笑う。周りに合わせて溶け込んで。でもモブにならないように、個性は出しながら笑う、笑い続ける、その先に何もなくても。
蛇口をひねって出てきた冷たい水で手を洗う。その冷たさは徐々に全身に広がっていく。
「ねーつまんなくない? 来なきゃ良かったー……」
「んー、確かに」
水の音にカラカラとトイレットペーパーが巻き出される音が混じった。
「てかさっきのさ、あの流れ。なくない?」
彼女が出し続けるモヤを吸うたびにそのひんやりとした空気が私の心をどこまでを冷やして、固めていく。
個室から出ると、すぐ近くにあったドリンクバーに数人の男女がたむろしていた。
「ねーやめてよー! やだー!」
「うっわーまずそ」
「小中に飲ませよーぜ」
その後ろを通り抜け、個室に戻る。小中が歌っている最中だった。テーブルに盛られた料理の山はすでに飽きられ、冷め切ったまま放置されている。
「うわー寒ーい!」
奈央がまた私の腕に抱きつく。昔は少し安堵感のあったその行為から今はもう何も感じられない。あるのは彼女によって冷たくされた心だけだ。
「ね、プリクラ撮りに行こうよ」
「そうだな」
「ねープリクラ取りに行く人ー!」
私たちは素直にその言葉に従った。何もないことはもう解っているのに、素直に家に帰ることは出来ない。自分がその場に居ないことに耐えられないのだ。
「ごめん。私、ちょっと他のところ行ってくる」
「え」
友恵の一言で足を止めた私を、奈央は引っ張った。
「うん、分かった。じゃあね」
「ごめんね。またね」
そう言って彼女は私たちに背を向けた。
終わる。何故か突然心がざわつき始める。とっさに私は口を開いた。
「帰ったらメッセージ送るから、また会お!」
「うん、私も送る!」
じゃあね、と言って今度こそ彼女は振り返らなかった。
翌日、SNSに私たち四人の中で違う写真を載せたのは友恵だけだった。載せられた写真に映る友恵は、見たことのない穏やかな顔で笑っていた。
私は今でも友恵からメッセージが送られてくるのを待っている。
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