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様子のおかしい逸郎に、健は黙って逸郎を見つめる。 きっとコーヒーショップの店長のように、菜々緒との仲を勘違いしていると察し、下手に口を挟まない方がいいと判断した。 「ごめんなさい!早く逸郎さんの所に戻りたかったの!聞いて!私、もう」 「その男は誰だよ!お前の新しい男か?」 案の定、逸郎の怒りの矛先が健に向かった。 「違うの!楜沢さんは、私を助けてくれたの!」 助けてくれたと言う菜々緒の言葉に、やっぱり菜々緒は自分を捨てて逃げたんだと思った。 「俺を油断させて、俺が買い与えたスマホで、こいつと連絡を取り合ってたってわけか。履歴を消されてたら、チェックしたって気が付かないしな」 自分が仕事に行っている昼間に、健と逃げる算段をつけていたのだと妄想が広がる。 「何を言っているの?勘違いしないで!違う!楜沢さんは!」 「菜々緒、何でだよ。確かに俺は、お前を自分のモノにしたくて家に閉じ込めたよ。でも、お前だって俺を好きだって言ってくれたじゃん!なんで逃げたんだよ!」 健は、逸郎が菜々緒を家に閉じ込めていたと聞いて、菜々緒が姿を消していたのは、菜々緒の意思ではなく監禁されていたのかと思った。 だから姿を消した菜々緒に、逸郎が憎しみの目を向けていたのだと。 「どう言う事です?あなた達は愛し合っている仲なんですよね?」 「違う!逃げたんじゃない!違うの!」 菜々緒は逸郎の事が頭でいっぱいで、健の問い掛けが聞こえていない。 逸郎は菜々緒の話を一切聞かず、カバンから出した包丁を握り締めた。 菜々緒を探し出し抵抗するようなら、菜々緒を殺して自分も死ぬつもりで用意していた物だった。 逸郎が包丁を握っているとその場の人々が認識すると、茹だるように暑い真夏の白昼の街が凍りつき、一瞬にしてパニックとなった。 コーヒーショップでも外の騒ぎに気付き、逸郎の包丁を見た店長が慌てて警察に通報する。 「逸郎さん、どうしてそんな物を!」 菜々緒の声が震える。 「もう嫌なんだよ!お前がいなくなるなんて。一緒に帰ってくれよ!」 健は逸郎を刺激しない様にあえて声を掛けない。 もう誰かが警察に通報しているはずだと思い、何としても警察が到着するまで騒ぎを大きくしたくなかった。
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