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「違うのッ!本当に逃げたんじゃない!逸郎さんの所にずっといたかったの!でも、でも!」 菜々緒は何とか逸郎を説得しようとする。 「嘘だ!俺から逃げたがってたじゃねーか!」 逸郎は菜々緒の言葉を信じる事ができない。 菜々緒が去ってからの孤独にもう耐えられなかった。 「だって初めは怖かったんだもん!逃げたら殺すって言われて!」 物騒な言葉を菜々緒から聞いて、健は菜々緒と逸郎の歪な関係を否定できなくなった。 「どういう事ですか?あなた達に何があったんだ。コーヒーショップからいなくなったのも本当はそれが原因なのか?」 菜々緒も興奮しているので、せめて菜々緒だけでも冷静にしなければと、確かめるように健が小声で尋ねる。 菜々緒はハッとした後に、震えながらコクンと頷いた。 「私、逸郎さんに監禁されていたんです。出会い系で知り合って、そのまま、あの人の部屋で……」 菜々緒は真古登に脅迫され、逸郎に監禁されて、普通の判断能力では無かったのだとやっと健は真実を知った。 健と逸郎がお互いを牽制している間に、近くの交番の警察官が駆けつけ、パトカーのサイレンも響き渡って来た。 野次馬は健達を遠くから囲んで、スマホで写真を撮っている。 「包丁を捨てろ!」 警察官の怒号に、逸郎は自分の首に包丁を当てた。野次馬からは悲鳴が上がる。 「来るなッ!本気だ!俺は菜々緒と死ぬんだ!」 興奮している逸郎は、もう見境いがなくなっていた。何をするか本当に分からずその場は緊迫する。 どうにか逸郎を冷静にする手立てはないかと健は考えるが、ここまで騒ぎが大きくなっては、どうやって収拾すれば良いのか直ぐに頭が働かない。 下手に刺激をして、逸郎を自殺に追い込む訳にも行かない。 「やめて!もうこれ以上騒ぎを大きくしないで!あなたの所に行くから!」 痺れを切らした菜々緒が、叫んで逸郎の元へ走り寄ろうとするが、健が直ぐに菜々緒の腕を握ってそれを阻止した。 今は冷静でない逸郎の元に向かわせる訳には行かない。 だが逸郎も菜々緒に走り寄っていて、逸郎の握っていた包丁の先が菜々緒に向かっている。本気でもうこの場で無理心中をするつもりだった。 「行ってはダメだ!危ない!」 それを見た健は、握った菜々緒の腕を離さず、菜々緒を庇うように逸郎に背を向けた。 次の瞬間、健の背中に激痛が走ったと同時に周りが(やかま)しくなる。 健が菜々緒を庇って刺されていたからだった。
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