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楜沢(くるみざわ)(たける)は、三島駅で新幹線から降りた。 健は、全国に名の知れた不動産会社、ニーチェ不動産ホールディングスを経営している父の楜沢(くるみざわ)(あおい)の右腕で、まだ27歳と言う若さではあるが、優秀な仕事が認められて役員並みの待遇を受けていた。 「新幹線の中は快適だったが、流石に外は暑いなぁ」 真夏のムッとする熱気に健が呟く。 遠くに富士山が見え、多少なりともその風景に感動する。 「東京から1時間。近いと言えば近いねぇ」 初老の紳士、深海(ふかみ)新太郎(しんたろう)が健に話しかける。 「そうですね。でも、目的地の伊豆の物件はもっと先ですよ?熱海辺りの方が良かったのでは?」 深海は健の父、葵の小学校時代の恩師で、この度東京を離れる事を決め、不動産会社を経営する葵に相談した。 白羽の矢がたった健が、地元の不動産屋に掛け合い、本日の現地見学に一緒に立ち会うことになったのだ。 「私は静かな山が好きでね。ここの話を聞いてとても気になったんだよ。それに沼津に出れば美味い魚も食べられるし」 確かに賑やかな観光地ではない分、これから行く場所は穴場と言えば穴場かと健も思った。 「しかし、葵にこんな大きな頼もしい息子がいたとは。きっと自慢の息子なんだろうね」 まるで孫の成長を見るような目で、深海は優しい眼差しを健に向ける。 健は長身に長い手足、小さな顔はかなりの美男子で、深海は健に初めて会った時に、俳優かモデルかと勘違いをしたほどだった。 「どうでしょう。私も父に負けず劣らずやんちゃですから」 健の言葉に深海はあははと笑う。 「確かに、葵は手の付けられないやんちゃだったなぁ。よーく喧嘩しては、弥之(みつゆき)って、兄貴分に怒られとったなー。それが今では名の知れた不動産会社の社長とはね」 懐かしそうに昔を語る深海に、健もフッと微笑んだ。
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