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健と深海は三島駅からタクシーに乗り、目的地である別荘地に向かった。
別荘地と言っても、ローカル線の最寄駅までは車で15分程度で、生活圏内には地元のスーパーや大手コンビニ、小中学校や大きな大学病院もある。
深海の様にリタイヤして移住してくる者以外にも、子供のいる家庭が田舎暮らしに憧れて移住するケースもあり、向かう先は閑静な住宅地と言った場所だった。
「道路もきちんと舗装整備されていますから、車での移動も問題ないと思いますよ。ただバスは走ってないから、車を持っていないと大変かも知れませんけどね」
深海に紹介するときに、葵はそう説明した。
「ああ、家内が車の運転が好きでね。10歳も年下だから、私が運転できなくなっても代わりにしてくれるだろう」
70近い深海は、若い妻を自慢する様に葵に笑って話した。
本当は今日の現地見学も、妻を同伴で来る予定だったが、孫が熱を出して深海の妻が看病することなってしまった。
別の日に改めてと葵は深海に話したが、どうせ土地を見たいだけだからと深海1人で予定通りやって来たのだった。
「全く、普段あまり寄り付かないくせに、自分達が困ると直ぐに泣きついてくる」
息子夫婦は働いており、何かと頼られて困ると言いながらも、嬉しそうに深海は笑って話す。
「そんなんで、東京から離れられますか?」
揶揄いながら葵が尋ねるも深海はフフフと笑う。
「家が建つのはどうせ早くて来年の今頃だろう。その時には孫も高校生だし、甘えさせられるのも今年までさ。慕ってくれるうちが花で、たまーに会うのが若い連中と付き合う秘訣さ」
残りの余生は、愛する妻とゆっくりと暮らしたい。
その手伝いをしたいと、葵から話を聞いた健も同じ気持ちになったのだ。
「もし気に入ったら、是非次回は奥様もご一緒にお連れください」
健が深海に話しかける。
「そうだね。次回来るとなったら契約になるかもね」
新しい生活を早く始めたいと、深海は楽しそうにタクシーの窓の外を眺めた。
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