スズ

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スズ

 完全にあいつらの尻尾を掴んだ俺、伊音(いおと)スズは課長に連絡する。 まぁ、課長って言うても同期やし。 なんなら、元相棒。 「そこまで揃えば確定やな。まぁ、まずは任意の聴取なんやけど。必ず捕まえような……スズ」 当たり前やろ、アホちゃう? 「おう……そのためにここまでやってきたがな」 終わったら警察辞めてもええなって、サシで呑む度に言うてたやんな。 「終わるな、俺らの長い闘いが」 ああ、ほんまに長かったわ。 俺、原因不明の腰痛に苦しむおっちゃんになってもうた。 全然、綺麗なお姉ちゃんとあれこれしてへんのに。 「ああ、やっと終わるわ」 俺がしみじみ言うから、課長……灰崎(はいざき)は鼻でフッと笑う。 俺は空を見ながら、静かに息をつく。 煌々と光る満月が俺たちの手柄を称賛しとるように見えた。 あいつら……トウパイを追い始めてからずっと、下を向いてたんやと気づいた。 アホやわ、俺。 「今日はちゃんと帰って休めな? 明日こそ本腰いれなアカンやから」 「じゃあお前は雅美さんと夜な夜なやらなアカンやん」 「おまっ、エロじじいは相変わらずやな」 「研究熱心なんで」 「堪忍してくれ……」 灰崎はキャリアを積み、課長へ。 私生活では警察事務のおしとやかな女性を捕まえて、奥さんにしやがった。 それだけ、トウパイには時間を費やしたってわけやわ。 ただ、灰崎と俺の関係は変わらん。 強い絆はダイヤモンドくらいやわ……知らんけど。  まぁ、そんなつまらん話をしとったら、久しぶりに見るアパートが見えた。 ああ行ってこう行けば、着く。 「そろそろつくから、切るわ」 イチャイチャを垣間見る趣味はないわ。 「わかった。じゃあ、明日な」 バタバタした音がしてから切れて、ちょっと笑う。 こんな時に天然出すなや。 「アホやわ」 吐き捨てた言葉とは裏腹に口角を上げて、スマホをポケットにしまう。  シーンとした真っ暗な夜道にふと、悪戯をしたくなった。 黒の長髪をひとまとめに後ろに結んで、眉間に皺を寄せて歩いとるけど、一応警察官。 でも、今日ぐらいええやん……そやろ? 俺は『幸せなら手をたたこう』を歌いながら歩き出す。 1人で女性が歩いてたら、ストーカーと間違われてもおかしないわ。 ヤバい、めっちゃドキドキする。 上機嫌になって、スキップになる。 そのまま、角を曲がる。 あと少しや。  「い~おとさ~ん♪」 せやから、いつもはすぐ反応出来る違和感に気づけへんかった。
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