1,うちにナニカがいました

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1,うちにナニカがいました

「え、何、これ……?」  男が一人暮らしの自宅のドアを開けると、ナニカがいた。男は、見間違いかと思い目を擦る。しかし、ナニカはそこにて変わらず男をじーっと見ている。   男は、一度外へ出て、アパートの階段を降り、ポツンと光る自動販売機まで歩いた。 「疲れてんなあ……」  自宅に戻りながら、無意識のうちに買ってしまった飲めない缶コーヒーを見て、溜息をつく。先程のも、疲れからくる見間違いだと思い、再びゆっくりとドアを開いてみる。  しかし、全く同じ顔でそれは玄関にいた。  男は、ひとまず先客のいる自宅へ入った。もしもに備えて鍵はかけない。スーツのポケットから、先月買い換えたばかりのスマートフォンを出し、ぎこちない手つきで目の前にいるナニカの写真を撮る。記念すべき一枚目の写真は、得体の知れないナニカがじっと男を見つめる姿となった。  一向に動く気配のないナニカに男は、「ちょっとあっちで着替えてくるので、これでも飲んで待ってて下さい。あ、適当にソファ座ってて下さい」と、なぜか敬語で声をかけた。そして、先程手に入れてしまった缶コーヒーをナニカに渡し、踏んでしまないように気をつけながら、ナニカをリビングに通し、自分は洗面所へ向かう。  男は洗面所に入ると早速スマートフォンを取り出し、 『白い やわらかい つるつる 子犬サイズ 生き物』と、現在知り得る限りのナニカの情報を並べ検索する。表示された『検索条件と十分に一致する結果が見つかりません』の文言に男はそれはそうだろうと思った。何せ、今まで見た何にも似ていない生き物なのだから。しかし、突然自宅にいた生き物の正体がわからないというのは落ち着かない。一縷の望みをかけて、条件を変えては検索、変えては検索を繰り返すも、男が知りたいナニカの正体らしきものは一切見つからない。 「じゃあ、あいつのこと、俺しか知らないのかあ」  そう気付いた瞬間、男は自分に課せられた使命のようなものを感じた。普通だったら追い出すか、逃げ出すかしそうなものだが、あの目でじっと見つめられた時から、男には得体の知れないナニカを追い出すという選択肢はなかったのだ。 「ああ……大分待たせちゃってるな」男はふいに出た自分の呟きに少し笑いつつ、スウェットに着替え、この世でおそらく彼しか知らない生き物が待つリビングへと向かった。  少々緊張した面持ちで男が戻ると、ナニカは男が愛用しているソファにちょこんと座り、手らしきもので大切そうに持った缶コーヒーを、チビチビと飲んでいた。 「あの、ウチで暮らしますか?」突然の男の言葉にナニカはハッと顔を上げた。表情は一切変わらないし、声も上げないがおそらく驚いている。  ナニカは缶コーヒーを置き、ソファからヒョイと飛び降りると、深々とお辞儀をした。男も習ってお辞儀をする。ゆっくり男が顔を上げると、ナニカは軽やかにランニングマンのステップを踏んでいる。  男はナニカをじっと見ると、腰を落とし目線をナニカの高さに合わせ「俺もなんか嬉しいです」と笑って答えた。  こうして男とナニカの生活が始まった。
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