キルシウムの純愛

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僕と幼馴染のアザミは、田んぼが果てしなく続くような田舎町に住んでいる。 どこを歩いていても土と草のにおいが漂ってきて、雨上がりは特にそれがひどい。土に染みついた虫や動物の腐敗臭までもが湿気に混じり、身体中にまとわりついてくるようだ。道を歩けばやわらかい土が糞のように靴にくっつき、一歩前に進むたびにどんどん足が重くなっていく。 僕らはお互いの手を糸のようにぴんと伸ばしたりたゆませたりしながら、酔っ払いみたいに道のど真ん中を歩いていた。時折意味もなく走り出したり、あっち向いてホイをして、通り過ぎる小学生の集団に「カップルだ、カップルだ」なんてはやしたてられたりもした。 「ねぇ、涼ちゃん」 「ん?」 「空が広くてきれいだねぇ」 アザミはあいた方の手で閉じた傘をぶらぶらと揺らしながら、だだっぴろい空を見上げていた。僕はそうだね、と適当な相槌を打った。空が広いのは背の高い建物がないからだ。アザミはそれをこの町の長所のように言うけれど、僕にしてみれば田舎であることの証明でしかない。 「雨上がりの空って、なんだか瑞々しいよねぇ。空気もおいしいしさ、草や土のにおいも、自然に囲まれてるって感じがするし。あたし、この町が本当にすき。この町で、ずっと涼ちゃんと一緒にいられたらいいな……」 パシャ、と泥水が跳ねた。空を見上げていたら水たまりにはまってしまったらしい。ズボンの裾を見ると、案の定黒い生地に茶色い飛沫がついていた。またやってしまった。心の中で舌打ちをする。これだから、田舎はいやだ。 ブロロロロ、と、獰猛な獣のような、聞き慣れないエンジン音が近づいてきた。前方から、黒い車が走ってくる。僕らは体を寄せ合うように道の端に寄った。なんていう車かは分からないけれど、大きくて高級そうで、こんな田舎にはそぐわないと思った。 すれ違う瞬間、サングラスをかけた男が運転席に座っているのが見えた。やけに都会的というか、ガラが悪そうだ、なんて考えていたら、アザミが僕の腕に胸を押しつけてきた。ちょっと首を左に傾げ、左右違う大きさの瞳で僕を見上げる。黒い髪がさらりと流れ、左頬にある大きなあざがはっきりと見えた。僕は目を伏せ、泥のついた靴がぬめった地面の上を滑るように進んでいくのをじっと見つめた。 「……ね……」 その時、アザミが小さな声で何かつぶやいた。聞き返そうと顔を上げた瞬間、後頭部に強い衝撃が走った。ぐわん、と視界が揺れ、そのまま目の前が真っ暗になった。
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