キルシウムの純愛

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意識が戻った時、僕は暗闇の中に横たわっていた。どうやら僕らは何者かに襲われ、光のない空間に閉じ込められたようだ。濡れた土の上に倒れたせいで、きっと全身は泥だらけになっているだろう。身体中が泥臭いし、頬を触るとべっとりと土のようなものが手のひらについた。 普通、誘拐や監禁ともなれば手足を拘束されていそうなものだけれど、なぜか僕もアザミもそういった類のことはされていなかった。ということは、犯人はよほど逃げられない自信があるのだろうか。 「ねぇ、そろそろ何か……何とかしないと……」 僕はアザミと手を繋いだまま、祈るようにそう言った。犯人がいつ来るか分からない以上、一刻も早く脱出の手段を講じたかった。だけどアザミは暗闇がおそろしいようで、「こわいから離れないで」と、僕が動き回るのを許してはくれない。そりゃこわいよ。こわいけど、いつまでもこうしているわけにはいかないだろ。そう言うと、アザミは脅迫するように、繋いだ手に力を込めた。 「涼ちゃん、まだ頭痛いでしょ。あんまり動いたら危ないよ」 「うん、痛いよ。痛いけど」 本音を言うと、一刻も早くアザミの手を離したくてしかたがなかった。だって僕らは泥だらけなんだから。雨を含んだぐちゃぐちゃの泥が、僕とアザミの手の間に挟まっていて気持ちが悪い。アザミはいやじゃないんだろうか。昔から、アザミはちょっと変わっている。 「涼ちゃんはさぁ、この町がきらい?」 ほら、今だってアザミは、僕の言葉なんて聞いていなかったかのようにそんなことを言う。今の状況なんておかまいなしだ。 「どうしたの、いきなり」 「答えて。この町のこと、どう思ってるの?」 「……きらい、じゃ、ないよ」 「でも、東京の大学に行きたいんだよね? シュンくんから聞いた」 シュンというのは僕のクラスメイトだ。アザミとは違うクラスだし、そこまで面識もないはずなのに、なぜあいつはペラペラとしゃべってしまうのだろう。僕は舌打ちしたい気持ちをぐっと堪え、極力優しい声を出そうと努めた。 「まだそう決めたわけじゃ……」 「東京、遠いよ。きっと今みたいに会えなくなるよ。涼ちゃん、さみしくないの」 「もしそうなったとしても、毎日連絡するから大丈夫だよ」 「いやだ。『もし』とか言わないでよ。ずっと一緒にいてよ……」 アザミは僕の手を激しく上下に揺さぶり、しくしくと泣き始めた。今話題にすべきことじゃない、と思ったが、こんな状況だから、心が不安定になっているのかもしれない。僕はなるべく頭を揺らさないように気をつけながらずるずると体を動かし、「大丈夫、大丈夫」とアザミを抱き締めた。
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