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「そんなことより、ここから出る方法を考えようよ。いつ犯人が来るか分かんないし。……このまま殺されるかもしれないんだよ」
「涼ちゃんと離れるくらいなら死んだ方がいいよぉ……」
「そんなわけないだろ。何言ってるんだよ」
頼むからそんなに大声で泣かないでほしい。アザミの背中を軽く叩きながら、僕は内心ひやひやしていた。こうしている間にも、犯人は僕らを殺す準備を進めているかもしれない。そう考えたら気が気じゃなかった。
「僕はアザミがすきだよ。アザミと一緒に生きてここから出たいんだ。だからさ、ちょっとあたりを探ってみてもいい?」
「でも、危ないよ。涼ちゃん、何も見えてないでしょ……」
「大丈夫、ゆっくり動くから。ごめん。ちょっとだけ離れるね」
おそるおそる背中にまわした腕をほどく。アザミが抵抗することはなかった。心の中でほっと息を吐く。
「じゃあ、おしゃべりしててもいい? 不安だから」
「いいよ」
僕は頭の痛みに耐えながらゆっくりと上半身を起こした。普通、どんなに暗くても次第に目が慣れていきそうなものだけれど、どれだけ目を凝らしても視界は墨で塗りつぶされたように黒一色だ。
水かきをするように両手を動かしながら進んでいくと、右手が何かにあたった。僕は触診をするように、それを両手でつかんでみた。小さくて、四角くて、細長い。この形、なんだっけ……。どこかで触ったことがあるような気もするけれど、それが何だか思い出せない。重要なものではなさそうだったので、とりあえずその場に放置しておいた。
「小学生の頃、ふたりの秘密基地でよく遊んでたよね。覚えてる?」
「もちろん、覚えてるよ」
僕は猫のような体勢でゆっくりと進んでいった。
「あたしがお父さんやお母さんから殴られるたびに基地に閉じこもっていたら、ある日涼ちゃんが見つけてくれて……。それから、いつも一緒に遊んでくれたよね。あの時はすごくつらかったけど……本当に嬉しかったなぁ」
小学生の頃、アザミは実の両親から虐待を受けていた。アザミはそのたびに使われていない工場にある倉庫に逃げ込み、しくしくと泣いていた。子供だった僕はただ一緒にいてあげることしかできなかった。せめて少しでもこの空間を楽しい場所にしよう、と、僕らはお気に入りのものを持ち込んだ。アザミはぬいぐるみや絵本を、僕はすきだった電車のおもちゃやサッカーボールを。僕らは時間が許す限り秘密基地で過ごした。
その後、僕の両親や学校の先生など、大勢の大人が動いたおかげで、アザミは児童相談所に保護された。アザミは遠くの町に住んでいた親類に預けられ、僕らは離れ離れになったけれど、高校でまた再会した。今でも彼女の顔や体には虐待の痕が生々しく残っているが、心身ともに健康そのものだ。アザミが元気になってよかった。そう思っていた。最初の頃は。
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