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「アザミにはまわりが見えてるの? こんなに暗いのに」
「ふふっ、暗くなんてないよぉ!」
アザミはけたけたと壊れたおもちゃのように笑い出した。どうしてこんな状況で笑っていられるのか分からない。……いや、本当はもう薄々気づいていた。意識がなくなる直前、アザミが何と言ったのか。僕はもう、分かっているはずだった。
「涼ちゃんがかわいい子に目移りしないようにしてもらったの。チサトさんが言ってたよ。人の神経って、案外脆いもんだって。涼ちゃんもアザミの顔がきらいだったみたいだし、こっちの方が幸せかなぁって」
――ごめんね。
ああ、そうだ。アザミがそうつぶやいた瞬間、僕は何者かに襲われた。あの言葉の意味が、おそろしい事実を僕に知らせていた。
「もう、何にも見えないでしょう」
アザミがどんな顔をしているのか、もう僕には見えない。だけどきっと、幸せそうな表情をしているのだろう。いつもみたいに目を三日月にして、血のような赤い唇を、ぐにゃりと曲げているのだろう。
「東京、行けなくなっちゃったねぇ」
終わらない暗闇の中で、アザミの嬉しそうな声だけが、呪いのように反響していた。
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