口実

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口実

ねぇ、先生。わたし、分からないことがあるんです。どうしても、解けない問題があるの。どうか、教えてくださいますか。 ねぇ、先生。この間、わたし、試験で満点を取ったでしょう。褒めてくれるっておっしゃいましたよね。わたし、なんだか最近、甘いものが食べたくって。この間学校の近くにできた、あの喫茶店。行ってみたいのです。先生は甘いものがお好きでしょう。かわいい生徒に、ごちそうしてくださいな。 ねぇ、先生。昨日友達と喧嘩をしちゃったの。どうやって仲直りすればいいでしょう。こういうのって慣れていないから、わたし、よく分からなくて。相談に乗ってくれますか。 ねぇ、先生。なんだか頭が痛くって。頑張って登校してきたけれど、やっぱりもう、だめみたい。医務室で休んでみたけれど、ちっともよくならないの。どうか、おうちまで送ってください。 ねぇ、先生。進路ってよく分からないわ。行きたい学校なんて特にないし。勉強だって得意じゃないし。かと言って、働くのも想像できないし。やりたいこと? なくは、ないの。好きな人の、お嫁さんになれたら、なんて、ね。 ねぇ、先生。わたしが卒業したら、先生は泣いてくださいますか。寂しいと思ってくれますか。ううん、そうじゃないの。他の生徒と、同じじゃなくて。……いいえ、何でもありません。 ねぇ、先生。もうわたし、先生の生徒じゃないんですね。ああ、困ったわ、どうしましょう。もうあなたと一緒にいる口実が、まったく思いつきません。 これからわたしはどうやって、あなたに会えばいいですか。突然あなたを訪ねたら、きっとびっくりするでしょう。どうして来たんだ、なんて言われても、理由が思いつきません。生徒という肩書きをなくしたら、もう、本音を言うしかないじゃありませんか。 ああ、待って。少し深呼吸させてください。あなたに会うための口実を、どうかわたしに言わせてください。生徒じゃなくても、あなたに毎日会いたいのです。たくさんおしゃべりをしたいのです。 なぜってそれは、もうお分かりでしょう。ああ、待って。言わないでください。今、わたしから伝えます。 ずっと、お慕いしておりました。
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