エコライフ2010

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エコライフ2010

「お前、今ため息ついたやろ」  トキタがいきなりそう言ったのは、深夜3時を過ぎた頃だった。眠気も疲労もピークに達して、そろそろ目の下にうっすらとクマが浮かび始めた時刻。明日締切のレポート課題を仕上げるため、俺達はこうしてトキタの部屋で、机を挟んで向かい合っているわけなのだが。 「何やいきなり」 「それ環境破壊やで」  トキタはシャーペンの先っぽを俺に向け、覇気のない声で言った。 「お前の吐いた二酸化炭素で確実に地球の温度が1℃上昇したわ。お前もう息すんなや」 「なあ、『死ね』って言うてるやろ? 遠回しに俺に『死ね』って言うてるやろ?」 「うっさい!」  そばにあったティッシュの箱が、猛スピードで俺の額に飛んできた。朦朧とした頭では避けることもできずに、痛みが「うっ」と呻き声に変わる。 「お前が無駄な発言する度に空気が澱んでくねん! もう黙れや!」 「喋っとんのはお前や!」 「お前も喋っとるやないか現在進行形で」  トキタはイラついたように頭を掻きむしると、再び視線をパソコンに向けた。 「今からレポート書き終わるまでお互い喋ったらあかんで。エコや。エコを実践しよう。ストラテジーを駆使してエコロジカルに生きよう」 「横文字使えば賢くなると思ったら大間違いやで」 「つべこべ言わずにやるで。よーい、スタート」  トキタの合図を皮切りに、俺達は互いに言葉を封印した。カタカタ…とキーボードを打つ音だけが単調に響く。睡魔がひたすら俺の頭を前後に揺らす。寝るな俺。頑張れ、俺。 苦痛を感じているのが俺だけ、なんてことがあるはずもない。数分ほどで、目の前にいる男の口から「はあー」と絶望の息が漏れた。 「…お前今ため息ついたやろ」 「ため息ちゃう。深呼吸や」  なんやこいつ。意味分からん。 「いや、深呼吸ちゃうやろ。絶対ため息や。確実に二酸化炭素大放出したで」 「そういうお前こそ何やねん。喋ったらあかんて言うたやん! はいお前の負け、俺の勝ちや」 「お前がため息ついたのがあかん!」 「先に喋ったんはお前や!死ね!」 「お前が死ね!」 「ああ死んでも構わへん! お前がレポート終わらしてくれたらな!」  そう吐き散らしたトキタの言葉で、俺達ははっと我に返った。  目の前には、ほんの数行しか書かれていない未完成のレポート。締切まであと1日。現在の時刻は深夜3時半。ちらりとトキタを見てみると、なんとも情けない奴の顔。多分今、俺とトキタの間には鏡があって、こいつの表情がそっくりそのまま俺自身を映しているのだろう。  無情にも夜は明け、あっという間に朝が来る。 『やっぱり地球は大切だと思います。身近なことからこつこつとと、思って呼吸を止めてみましたが、1分しか保ちませんでした。エコライフは大変です』 「何やこれ…」  完成したレポートの末尾を見て、俺はげんなりと肩を落とす。トキタは真っ赤に充血した目を俺に向けて、「つっこんだらあかん」と呟いた。  ああ、エコって難しい。
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