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誰も彼女の美しさを、理解できまい。と、私は、枯れ葉をたずさえた樹木を眺めながら思う。 秋の終わり、すでに紅葉の盛りは過ぎて、鮮やかな赤は血のようなどろりとした色に変わり、足元にはもみじの死体、枝には禿げた頭のように、死に際のもみじが一枚、二枚。 誰もこの寂寥を理解できまい。白い靄がかった朝の空が、澄んだ青色に変わり、赤い血を流して死んでゆく、今日が明日に変わるのを惜しむ気持ちを、きっと誰も理解できぬ。 お気に入りのコートについた銀色の、花型のボタン。そのボタンがいつの間にやらぽろりと取れ、どこかになくしてしまったことがある。彼女は一日、二日、一週間経っても、えんえんと泣くことをやめなかった。あまりにも憐れな様子なので、お節介な友人が似た形のボタンをひとつ買ってきてやったが、彼女はいらない、それじゃないの、と駄々っ子のように突っぱねて、挙句の果てには友人と会うことすら拒絶するものだから、誰も彼もほとほと困り果て、友人を数人失った。 人はみな、肌の艶やかさや、瞳の大きさ、唇の厚さ、鮮やかな着物、外見ばかりの美を愛でて生きている。彼女は決して美しくない。目は小さく、頬は痩せこけ、いつも褪せた着物ばかりをまとっていた。彼女の美しさを誰も理解できまい。私だけが、彼女の美しさを知っている。夕焼けに向かって飛んでゆく烏を眺めるその瞳が、赤く染まっていること。薄い唇から紡がれるのは、過去への執着ではなく、まだ見ぬ未来への空物語であること、それがいかにすばらしいことか、誰も、誰も分かるまい。
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