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Side健治  家で夕飯を食べる。そんな当たり前の事が仕事にかまけて、あまりできずにいた。  共働きで仕事にも理解のある美緒が、何も言わないのをいい事に、日々の暮らしをおざなりにして来た。  自分にとって何が大切なのかを分かっていなかった。近くにあって当たり前だと思っていた事が、実は特別な事だった。    玄関を開けたら、明るい部屋に美緒がいて、夕飯の食欲をそそる香りがして、「おかえり」と声が掛かる。    手放したくない、幸せの光景。  でも、自分の不貞行為のせいで、野々宮の影に怯えた暮らしをこれからも続けて行く事をさせる訳には行かない。  食事が終わりお茶を飲み終わった所で、意を決し声を掛ける。  離婚届けを取り出し、美緒の前に差し出した。 「美緒、これに署名捺印をして欲しい」  美緒の瞳が揺れ、口を引き結び涙を堪えている様子が見て取れた。  ギュッと目を瞑ると涙が零れて頬を伝う。    こんな時に掛ける言葉が上手く見つけられずに、ただ、美緒と向かい合って座っているだけだった。  2人の間に重い時間が過ぎて行く。  どれだけの時間が経ったのだろう。  やがて涙を拭い、深呼吸をした美緒が、離婚届けに署名を入れた。  そして、”婚姻前の氏にもどる者の本籍”の欄にもチェックが入り、本籍が記入される。  それを見て、菅生美緒ではなく、浅木美緒に戻るんだ。と、急に遠い存在になってしまったと感じた。    
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