瞳から消えたもの 

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 5年半程前のまだ吐く息が白い季節。  緑原総合病院の受付から続く長い廊下を、コツンコツンと靴音を立て、重い気持ちを抱えて歩みを進めた。  病に倒れた父からの告白で、野々宮重則氏に多額の借金がある事がわかった。  株での損失を自宅を担保に銀行から借り入れし、それでも足り無い金額を野々宮重則氏から融資を受けたと言う話しだった。  野々宮重則氏は、父の同窓生で、緑原総合病院で働く父の上司でもあった。  長い付き合いのせいか、親切心かは、わからないが野々宮重則氏のおかげで父は窮地を脱出できた。  返済は、働きながら徐々にするつもりであったそうだが、膵臓がんが見つかった今となっては、働く事が出来ない。    膵臓はお腹の深いところに位置し、他の臓器や血管に囲まれているため、腫瘍があっても見つかりにくく、診断のための組織採取も難しい。  発見された時には、ステージⅣ、既に手の施しようが無い状態であった。  当時、30歳手前の市大学病院の勤務医に到底支払える金額では無く、借金で家も無くなりそうなのに病気の父親と母を養わなくてはいけない状況を考えると途方に暮れていた。その上、野々宮重則氏への返済までは、とてもじゃないけど、手が回らず無理だと思った。  どうにか、暫く返済を待ってくれるようにお願いするしかない。  そんな、思いで廊下を進み医院長室の扉をノックした。        
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