瞳から消えたもの 

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 低い声で返事があり、緊張の面持ちで扉を開けた。  一見して高級だとわかるような深みのある革張りの応接セットが目に入り、その先の重厚な1枚板のオーク材の机の向こうで、椅子に腰掛けた野々宮重則氏がゆっくりと立ちあがる。   「初めまして、長岡成明と申します」 「成明君、覚えていないだろうけれど、君には小さな頃に会っているんだ。ずいぶん立派になったじゃないか。君が真面目に一生懸命やっているという噂は君のお父さんから聞いている。市大病院にいるんだって?」  父と変わらない壮年期であるにもかかわらず、ある種の力を感じさせる。威圧感とでも言うのだろうか、こんな人に自分の話が届くのか……不安が胸に落ちる。   「はい、市大病院でお世話になっています」 「科目は?」 「父と同じ眼科です」 「ほう……」  野々宮重則の眉尻が上がり、何かを考えるかの様にこめかみに指を当てた。 「あの……本日は、父がお借りしているお金の返済について、ご相談したくお願いに上がりました」 「そうだ、その件に関しては、お父上のようにキミがこの病院で働きながら返してくれれば良い。その分は、便宜を図らせてもらうので、宜しく頼むよ。お父上が抜けた後の医師が決まらずに困っていたんだよ」  一瞬、理解が及ばずに頭の中が真っ白になった。  野々宮重則は借金返済のために、俺に対して市大病院を退職して緑原総合病院で働く事を決定事項として言ったのか。  多額の借金がある以上、断る権利などない。  野々宮重則の提案を飲むしかないんだ。 「今の勤め先を辞めるまで3、4ヶ月はかかると思いますが、それでもよろしいでしょうか?」 「ああ、なるべく早くたのむよ。後、君は独身だと聞いているがどうなんだね」  この一言がすべての始まりだった気がする。  
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