瞳から消えたもの 

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 握手をした果歩の手入れの行き届いた指先が離れる瞬間、ふわりとフローラルの甘い香りがした。  上目遣いの蠱惑的な瞳に俺は捕られている。    今まで、付き合った女性の数は多くない。  学生の頃から ‘‘真面目’’ の評価で通っていた。  いつか結婚をと考えていた彼女とも父の病気と借金の問題がわかった時、迷惑は掛けられないと別れたばかりだ。  その彼女にだって、男を誘うような艶香を含んだ瞳を向けられた事などない。  ましてや、直ぐ側に親がいるのに......。    どうしたらいいのかわからず、惑いフイッと視線をはずした。  果歩から「ふふっ」と声が聞こえ、自分の方が年上なのに揶揄われたんだと分かり、恥ずかしさでカァッと頬が熱くなった気がする。  まったく、苦手なタイプだと思った。  野々宮重則や自分の父親がいる前で、人を揶揄うなんてタチが悪い。  気持ちを落ち着けるために息を吐き出し、視線を自分の父親へ移した。  父は、起こしたベッドに体を預けながら、久しぶりの笑顔を向けた。  病気が発覚して以来、借金問題も重なり、いつも辛そうな表情をしていた父の久しぶりに見る笑顔。    先日、野々宮重則との話合いの後、父には、緑原総合病院への高額の引き抜きにあったと言ってある。  その中から、借りた金額を返済するので安心して欲しいと伝えた。  借金の心配などせずに治療に専念して、残された日々を出来ることなら、笑って過ごして欲しいと思っている。  そんな事を考えていたら父が口を開いた。 「野々宮医院長、果歩さん奥さまに似て、ますます綺麗になりましたね。御結婚は?」 「とんだ跳ねっ返りだから、行き遅れるじゃないかをと心配しているんですよ」    
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