瞳から消えたもの 

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 父は不安そうに眉間に皺を寄せ俺をジッと見ながら後の言葉を続けた。 「最近、茉美さんと会っているのか?」  父の口から最近別れたばかりの彼女の名前が出て、どう説明しようかと返事に詰まり、視線を泳がす。  それだけで、父はすべてを察してしまったようで「すまない」とその場で頭を下げた。   「いや、お互いに忙しかったからタイミングが合わなかっただけで、お父さんのせいじゃないんだ」 「しかし……」 父の言葉を遮るように話しを被せた。 「結婚って、勢いとかタイミングてあるから、そう言うのを縁て言うのかもね。お客さんが来て疲れただろ? ベッド倒すから少し寝た方がいいよ」  脇にあるリモコンのスイッチを押すと、小さな機械音が聞こえて、ベッドが平になった。父の腰のあたりに溜まっていた布団を肩まで掛け直し、様子を伺うと、父の顔の表情が悲しみの色を浮かべていた。 「開業資金を用意しようと欲を掻いて株に手を出し、結局何もかも失ったあげく、息子の人生までめちゃくちゃにしてしまった。それなのに病気にまでなって、私は成明の人生の足枷でしかない。すまない。成明……すまない」  ベッドの上で贖罪の言葉を紡ぎながら、涙を流す父。  痩せて一回り小さくなってしまった姿で、後悔を吐き出す。  こんな、切ない状態で死に向かおうとしているなんて……。  かと言って、これ以上父のために自分に出来る事など浮かばなかった。    
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