瞳から消えたもの 

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 水曜日、午後7時  料亭の部屋に着き腰を据えた所で、アルゴファーマの菅生さんが、床に手を付き頭を下げた。 「お取引の前に、お詫びしなければならない事がございます。私、菅生健治は、野々宮果歩さんと2ヶ月前まで不倫関係にありました」  その言葉を聞いて、俺がその原因を作ったような気がした。あの日から果歩には触れていない。  外で好きにすればいいとの言葉通りに果歩は行動しているに過ぎない。  仕事の場でこんな状況になるまで追い詰められて、申し訳ない気持ちになった。  そして、菅生さんは顔を上げ話を続けた。 「では、お話させて頂きます。果歩さんとは、大学時代に恋人同士でありました。卒業後は、仕事も忙しく、その事でぶつかる事も多く、ついたり別れたりを繰り返して、果歩さんの結婚を機に完全に別れていました。その後、私も結婚して生活が落ち着いた頃に果歩さんから誘われて、浅はかな私は、その誘いに乗りました。  2カ月前に私の方から別れを切り出しました。しかし、その後も果歩さんは別れた事を受け入れずに、私に付き纏い、妻に嫌がらせをしております。私は、先日もホテルに呼び出され、緑原総合病院の薬価データと引き換えにベッドを共にする事を強要されました。不貞行為の証拠としての調査書が必要であれば、この時の物がご用意できます」  そう、果歩には一般的な常識が通じない。全て彼女自身が基準であって、周りが従うモノだと思っている。 「失礼を承知で申し上げます。果歩さんに心療内科への受診をお願い致します」 「黙って聞いていれば、随分と酷い話じゃないか。君は娘に取り入って、ウチとの取引をお願いしたんじゃないのか? 挙句の果て、病人呼ばわりか」  野々宮重則の怒気を孕んだ声がとんだ。それに対し、俺は口を開いた。 「一言よろしいでしょうか。私も果歩の気性の粗さには、治療が必要なレベルだと思っていました」  そう、自分は心療内科の専門医ではないが、気分によって、ヒステリックに攻撃をする様、あれは治療を受けさせるべきだった。    
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