瞳から消えたもの 

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 足を踏み出した先の無機質な廊下にコツンコツンと自身の足音が響く。  事件の後、不起訴になった後の初めての面会。  ナースセンターに声を掛けると男性看護師が部屋の鍵を持って案内された後に続く。  ドアの鍵穴に鍵を差し込み、1つ目の施錠を外す、エレベーターでも使ったカードキーを当て、2つ目の施錠が外れた。  ドアを開いて中に入ると、背後で鍵が閉まる音がした。  天井からぶら下がる水色のカーテンを引くと窓の側に置かれたベッドの上に座る果歩を見つける。 「果歩……」  声を掛けても虚ろな瞳は窓の外を見たまま動かない。  ベッドの上に力なく置かれた手の平にはケロイド状の赤い筋が走っていた。  事件の時に折れたナイフの刃を直接持ち、切り付けたために自身もケガを負ったなごりだ。 「果歩、愛されたい、誰も愛してくれないと泣いたんだって? 自分から愛する事を放棄して、愛される事だけを望んでも手に入らないんだよ。愛は育むものなんだ。誰も教えてくれなかったのかもしれないが、自分で学ぶものでもあるんだ」    窓の外は、良く晴れ、青い空に綿雲がゆっくりと流れている。  語りかけた言葉は、受け取る者が無く、空に溶ける。  その方向を眺めているはずの果歩の瞳には何も映していないように感じた。    自信たっぷりの猫のように輝く瞳は、今は無い。 「家裁に申請した離婚が受理された。悪いけどもう夫婦では無くなった。成年後見人として、今後は接する。どうか、お元気で」  深く息を吐き、立ち上がり、ドアの前まで行くと振り返る。  ベッドの上の果歩の虚ろな瞳には何も映さない。  その姿を遮るように水色のカーテンを引く。  カードキーを当てて、施錠を外し、無機質な廊下へ足を踏み出した。    【成明編 終わり】  
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