翌朝

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 こんな事、初めてだ。  はーっ、と息を吐いてから、車のサイドブレーキを外し、ゆっくりと発進させた。  マンションの駐車場を出ると入れ違いに、パンダのイラストが描かれたトラックが入って来た。 「誰かの引っ越しなのか」  マンションから勤務先の蒔田医院までは車で20分ほど、住宅街から幹線道路に入って、朝の街を赤信号に引っ掛かりながら、街路樹を眺め季節を感じるのも大切な朝のルーティン。  今にも泣き出しそうな空の下、紫陽花が綺麗に咲き誇って梅雨なんだなと思った。    紫陽花の花言葉は、一般的に「移り気や心変わり」として知られているが、「辛抱強い愛情」と言うのもある。これは、鎖国時代の長崎に来日したドイツ人医師シーボルトが国外追放となったとき(シーボルト事件/1828年)、彼が紫陽花を祖国に持ち帰り「オタクサ」と命名し、2度と会えない日本人妻への想いが花言葉になったという。  辛抱強い愛情か……。  幸せそうに見えなかった美緒さんが、昨日は、幸せそうに笑っていた。  彼女の幸せを願っていたのなら、それで良かったと思うしかない。  でも、辛抱強く待っていないで、小松さんの言う通り、アグレッシブに動いていたら……。と、考えてしまう。  そして、後悔して飲み過ぎて今の事態じゃ、ダメだな。  早く、自分を立て直さないといけない。  信号が変わり、ブレーキペダルを踏んでいた足をアクセルペダルにを踏み替え、グッと踏み込んだ。  
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