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この地球の北半球に『世界の中心』と呼ばれる『アリア大陸』がある。その世界の中心では、300年に一度、魔王が復活する。そして300年ごとに魔王を制圧する英雄も復活する。この300年前に現れた英雄の名を『アーシア』といった。それより以前の英雄の名は、記録に残っていない。だから、アーシアといえば英雄のことだとわかる。しかし、その名は英雄の父が信仰していた女神の名に由来する。女神の名も同じく『アーシア』という。
今日は魔導士のセンセイがあたしをひきとりに来る。
あたしの外見は6歳くらいにしか見えない。でも、もう30年近く生きている。30にはならないと思う。現在の実年齢は28くらいだろうか。どうして、あたしは成長しないのだろう。もう、20年以上成長していない。大人になりたい。毎日、退屈だ。
この孤児院にいるのも、うんざりしていたところだ。もう、ここに来て丸1年くらいになる。ここで、あたしは疎まれている。子ども達の規律を乱すから。子どもを泣かせたり、ケンカさせたり、怯えさせたりしている。退屈だから。今回の話で、孤児院の先生達はいい厄介払いだと感じているだろう。
雨が降っていた。
あたしに何か起こるときは、いつも雨。
出会いとか、別れとか、別れとか、別れとか。
今日は、出会いだ。
魔導士のセンセイは何故、あたしをひきとることにしたのだろう。上手くやっていけるだろうか。すぐ追い出されるのではないだろうか。今まで、みたいに。
魔導士のセンセイなら、あたしが成長しない理由もわかるんじゃないだろうか。早く会いたい。
ここはアリア大陸の東の端にある『アルフォンス』という国の首都『モーフ』の片隅にある児童養護施設。ざっくりいうと孤児院だ。
ある日、養護施設の先生Aがあたしにこういった。
「ディア、あなたの保護者が見つかったんだけど」
相談室に呼ばれ、あたしは先生Aと二人で面談していた。
「ほんとう?!」
先生は目を泳がせていた。あたしと目を合わせたくないんだ。噛みつかれたり、ひっかかれたりすると思っているのかもしれない。さすがにそんなサルみたいなまねはしたことがない。
「ちょっと変わった方なのよ」
「どう、変わっているの?」
先生はいい淀んでから、意を決していった。
「魔導士の女性なのよ。あなたを弟子にしたいんですって」
「へええ」
あたしはその人に興味をもった。
「どう? 行ってみる?」
「行く!」
先生は意外だったようで、間が空いた。先生は一拍おいてから、いった。
「嫌なら、行かなくていいのよ?」
「いや、行きます」
先生の顔が明るくなった。
「そう。なら話は早いわね。明日、来て頂きましょう。で、会ってみて、そこで考え直してみてもいいから」
「うん!」
昨夜はわくわくして眠れなかった。
今日の夕方、その人が来るんだ。
「魔導士かぁ」
弟子にしたいというなら、その人の立場は親ではないのだから、あたしの成長を期待したりしないでくれるかもしれない。それだけでも気が楽だ。でも、あたしは魔導士にならなければならない訳だ。なれるのだろうか。その人は、どうしてあたしを選んだのだろう。魔導士になるための修行は厳しいのだろうか。
夕方、先生Aと先生Bとあたしの3人が相談室で待っていると、その人が先生Cに案内されて部屋に入ってきた。
凄い美人だった。怖いくらい綺麗とは、こういうことをいうのだろうか。
魔導士のセンセイは、フードつきの真っ白なローブを着ている。肌は陶器みたいにつるつるで、髪はセミロングのプラチナブロンド。絹みたいにさらさらだ。20代だろうとは思うけど、落ち着いた雰囲気の人だから30代だといわれたとしても納得できるだろう。
「この子がディアです」
急に先生の声が耳に入ってきた。
「何故養子をご希望になったのですか」
「……私は結婚する気も、子どもをもうける気もありませんので」
声は予想より低かった。美人なのにもったいない、と思った。
「何故、ディアがよろしいのですか」
それはあたしも訊いてみたい。
「この子は、その、勝気なところがあって、施設もたくさん転々としているようなんです。また、周りの子どもにも、あまり馴染まなくて、大人びているというか、達観しているというか」
「……そういった子どもの方が、見込みがあります。それに私は子どもらしい子どもというのが嫌いなので」
「そうですか!」
先生はあたしが突き戻されたら、と危ぶんでいたようだ。先に悪いところは全部知らせてしまおうとしていた。でも、先生たちの不安は杞憂だった訳だ。
雨の中、その人とあたしは施設から、傘もささずに徒歩で出た。あたしの荷物は小さいカバン1個だけ。自分で持った。
先生たちは満面の笑みで送り出してくれた。泣き崩れた先生もいた。あたしが滞りなく巣立って、ほっとしたことだろう。
あたしは黙って先を行く女の人に不安を感じていた。でも、黙ってついて行った。
この人……雨の中歩いても全然濡れていない。魔導士だからかな? 雨は小雨だから気にはならない。春先だし。
その人が角を曲がったので、あたしも続いて曲がった。……そしたら、女の人が消えていた。
「え?」
すぐ目の前を歩いていたのに。あたしはうろたえてしまったけど、すぐ落ち着いた。そうか、あたしはまた捨てられたのだ。施設に帰るか。先生たち、がっかりするだろうな。回れ右した。
「やあ」
「え?」
すぐ後ろに男の子が立っていた。
「ディアちゃん。ディア・ブロッサムちゃんだね。驚かせてごめんね。僕が本当の保護者だよ。名前はフェリス。よろしく」
「え? え? え?」
そこで、あたしはとっさに男の子を観察した。
かなり美形だ。まだ、若い。10代後半くらいだろうか。さっきの美女の弟かと思えるように似ている。偏見だといわれるかもしれないけど、悪い子ではないと思った。容姿が美しいから。目も綺麗だ。瞳の色はコバルトブルー。髪は栗色で、長くて、後ろでひとつに束ねている。白いシャツに、紺色のスリムなパンツ、茶色の革のブーツを身につけている。ブーツはヒールが高い。細い剣を帯刀している。全体的には清潔感がある。
「職業は一応、魔導士。子どもが子どもをひきとる訳にはいかないからね。一芝居打ったんだ。びっくりさせてごめんね」
魔導士には見えないな。
「じゃ、僕たちのアパートへ行こうか」
「う、うん」
フェリスは何故か、姿見を持っていた。銀色の細かい細工に縁どられた幅の細い鏡だ。あたしのあっけにとられた顔が映っていた。
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