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フェリスの住むアパートはすぐ近くだった。一階が雑貨屋で、二階と三階が賃貸アパートになっている。ワンフロアに一部屋ある。二階がフェリスの部屋、三階は他の人が入居してるそうで、一階の奥が雑貨屋の老夫婦で大家さんの住居だそうだ。
店舗の横手にある外階段から二階へ上がって行った。話によると今日、フェリスは一人で引っ越しをしていたらしい。家出だろうか?
「大して荷物もないから。この鏡が最後の荷物なんだよ」
部屋はとても殺風景だった。ワンルームで、そう広くはないのに、ガランとしている。部屋は木造だから、温かみはある。
モーフの街は白レンガ作りが盛んなので、白い町並みが美しいことで有名だ。でも、白レンガは外を飾る物で、室内は木造の家が多い。気候は砂漠が近いので、乾燥している。気温は高く、過ごし易い。雨も今日みたいに結構、降る。時々、水不足になることがある。東の沿岸の特産はオリーブだ。
「お邪魔します」
「自分のうちだよ。ディアちゃん」
「うーん」
本当に信用していいのだろうか。殺されても文句はいえない。それこそ、殺されたら文句はいえない。
部屋の中にはベッドと小さいタンス、中央にテーブル、椅子が二脚、ベッドの向かいに小さいコンロと流し台がある。家具はもともとこの部屋にあったものらしい。
部屋の横にシャワーとトイレらしきドアが二つある。ユニットではないようだ。よかった。シャワーに入っていて、トイレを使われても困らない。
フェリスはベッドの横の壁に鏡を立てかけた。存在感のある鏡だと思う。高価なものなのだろうか? 部屋で唯一の装飾品だ。
「すっかり濡れちゃったし、躰冷えちゃったでしょ? シャワー浴びといでよ。僕は後でいいから」
タンスからバスタオルを出して渡してくれた。
「……ありがとう」
シャワールームにはちゃんと脱衣所もあった。お湯もちゃんと出る。春雨とはいえ、躰は本当に冷えていたみたいで、熱いシャワーがとても気持ち良かった。
シャワールームから出ると、部屋の中は温かいスープの香りで満たされていた。
「ご飯、できたよ」
二人で向かい合ってテーブルについた。さっき会ったばっかりなのに、家族ってこんなだよね、みたいな空気になった。しっくりする。ずっとこうしてきたように感じた。ちょっと、びっくりした。フェリスのキャラがこう感じさせるのだろうか?
メニューはささやかで、パンの入ったスープのみだった。でも野菜がたっぷり入って味わい深く、パンにチーズがかかっていて、意外とボリュームもある。
「すっごい、美味しい」
「よかった」
「フェリスが作ったのよね?」
「そうだよ」
「料理、得意なのね」
「そうでもない」
今まで食べたスープの中で一番美味しいと思った。28年生きてきた中で。……28年かも忘れた。あたしは自分の年齢も知らない。うんざりして途中から数えなくなってしまったから。誕生日もしらない。
「フェリスは何歳なの?」
「17」
「しっかりしてるわね」
「ディアちゃんもしっかりしてるじゃない?」
「……あたし、幾つに見える?」
「女の子にそういうこと訊かれるの苦手なんだ」
「28、とかいったら驚く? 30にはならないと思うの」
「へー、若く見えるね」
信じてないのか。外見はせいぜい6歳くらいだもんね。
食事の後、フェリスもシャワーを浴びた。
「はー、生き返った」
「今日、寒いもんね」
「そうだね。……ところで、お姫様。ベッドをお使いになられますか? わたくしは床で結構ですので」
「そこまでされると悪いわ。ベッドも大きいし、あたしは小さいし、フェリスも細いから、二人でも寝られるんじゃない?」
「『どうきん』してもよろしいのでしょうか?」
「フェリスが構わないなら」
ベッドは予想通り、小柄な二人が余裕で眠れた。別に変な事態にもならず、フェリスは疲れていたのか、すぐ眠ったようだった。
隣に人の温もりがあるのは、久しぶりだった。おじいさんのことを思い出した。ぼんやり色々考えているうちに、あたしも何時の間にか眠っていた。
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