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あっという間に、一週間が過ぎた。
あたしは一階の雑貨屋でお皿を拭きながら店番のバイトをしている。小さいお店の何処にこんなにお皿があるのかというほど、お皿がある。
フェリスが大家さんに頼んでくれて、お店のお手伝いをすることになった。お小遣い稼ぎだ。あたしはフェリスの妹ということになっている。あたし達はチームになった。子どもだけで自立していくためのチームだ。
こうして働けるのは嬉しい。楽しい。子どもだというだけで、働き口がない。早く大人になりたかった。自分で生きてゆきたかった。フェリスに会ってから、状況が前に進み始めたと思う。働くって、楽しい。
アルフォンス国の法律では、子どもは学校へ通う必要はない。学びたいと思えば、高校まで義務教育だ。でも、家庭で相応の教育ができるなら、親は子どもを学校へ行かせる必要はない。昔は学校が絶対だったけど、その歴史を踏まえて、今のやりかたができる。
この方針は成功している。アルフォンスは識字率がほぼ100%だから。
アルフォンスは国自体、景気が良いとはいえず、やや貧しい。でも、人々は政治への関心が強く、教育への意識が高い。各国から文化の中心としてとらえられている。国民みんながハングリー精神がある。
あたし達の一日の流れは、朝6時に起きて朝食にする。7時に家を出て、2時間は散歩する。モーフの市街地をくまなく歩き回る。曜日でコースが決まっていて、一週間かけて、モーフの中心部のほとんど全ての道を歩く。
9時になったら図書館やアーシア教の神殿へ行って調べ物をする。フェリスが。ときにモーフ大学へ行って先生と話をする。フェリスが。とはいっても、フェリスはモーフ大学の学生ではないらしい。魔導士だ。いまいち、まだ信ぴょう性がない。
昼食をとったら、あたしとフェリスは別行動する。フェリスは何処へ行くのか、あたしは知らないけど、あたしはこうしてバイトしている。
夜になったら、フェリスが帰ってきて、三階の住人のノリスケさんの部屋で酒盛りをすることもある。ノリスケさんは成人しているから飲むけど、フェリスとあたしはジュースでつきあう。
ちなみにノリスケさんは普段パニーニの屋台をしていて、あたし達はいつも昼食をパニーニで済ませる。
「ディアちゃんは、目がおっきいし、美少女やな~。大きなったら美人になること請け合いや。僕が保証するわ。もうちょっというたら、髪はおかっぱやのうて、ロングにしたらえ~のんや。大きいなったら、髪をのばし~や」
ノリスケさんは方言がある。どこの方言だろう。酔うとご機嫌になる。ノリスケさんの体格は中肉中背で、茶色がかった金髪をしている。その金髪は天然パーマで、顔は細いつり目が印象的だ。でも、キツイ感じは受けない。いつも笑顔だから。笑うと八重歯が見える。服装は個性的で、真っ赤な服をいつも着ている。デザインも変わった服だ。火山が好きだから、といっていた。意味が分からない。
ふと思う。あたしの方がノリスケさんより年上なんだなぁ。
あたしたちの部屋に戻る時、フェリスがぽそっといった。
「ノリスケさんは、いい家の跡継ぎなんだよ」
「へえ。意外。そうは見えないわね」
「あの、純粋さは、良家の証だと思うよ。でも、家を継ぐのが嫌で、出て来たんだよ」
このアパートは、家出した子供たちの城、だった。
翌日も変わらず、2時間散歩して図書館へ行った。
「ねえ。いつも、一体何を調べてるの?」
「英雄アーシアについて、だよ」
「300年に一度現れるっていう英雄ね。最近、魔王が復活するかも、っていわれて騒がれてるけど、でも、単なる云い伝えでしょ?」
「そうだね」
「そんなの調べてどうするの?」
「アーシアの残した秘術を研究してるんだよ」
やっと、魔導士らしくなった。
「どういう術?」
「魔法では成し得ない事ができるんだ」
「フェリスって、魔道オタクなの?」
「魔導士だってば」
「図書館なんかで、わかるようなもの?」
「民間療法とか、わらべ歌とかに隠されていることがあるんだ。王宮にも資料があるし。とにかく、資料が散らばってるんだよ」
「ふーん?」
「モーフが一番、資料が充実しているね。モーフに現れた英雄だから」
あたしが、大きくなることもできるのかな。
「子どもを大人にする術とかないの?」
「時間をかければ大きくなるでしょ」
「すぐ、大きくなりたい。どうにかならないのかしら」
「ディアちゃんが大きくなりたいの?」
「できる? 一応、あたしは弟子なんだし、教えてよ」
「魔導書見てみる?」
魔導書を見せてくれた。読めない。
「なにこれ!」
「魔導書は、古代文字で書かれてるんだよ」
「アーシアの術は?」
「もっと難しい文字で書かれてて……」
「教えて」
「今度ね」
「今度って、いつ?」
「いきなりは無理だよ。自然に育ったほうが早い」
「フェリスがあたしに魔法をかけてくれたらいいの」
「子どもを大人にする術はないから、今から開発しないと」
「じゃあ、開発して」
「ディアちゃんが開発しなよ」
「何年かかるのよ」
「さ。僕はこのへんで、次の用があるから」
「フェリス!」
フェリスはどこかへ行ってしまった。
いつもフェリスが検索しているときは、あたしは勉強している。普通の学校の勉強だ。勉強は国民の義務だから。
フェリスが調べているアーシアというのは、300年前モーフに現れた英雄だ。300年に一度、魔王の封印が解けるといわれていて、300年ごとに英雄も現れて魔王を封印してくれる。アーシア以前の英雄は、ほとんど記録が残っていない。アーシアはアルフォンスの初代王の息子だったから、歴史に名を刻んだのだった。今のアルフォンスの王家はアーシアの末裔だ。
それとは別にアーシア神という女神さまがいる。英雄アーシアの父王が信仰していたらしい。英雄の名はこの女神に由来するのだろう。アーシア教の神殿はつまり、この女神の方を祀っている。
正午になったので、ノリスケさんのパニーニの屋台へ行った。フェリスがいたので、合流して一緒にパニーニを食べて昼食にした。そのあとは、フェリスと一緒に一度アパートへ戻ることにした。
部屋に入ると、数少ない衣類や家財道具がぶちまけられて、荒らされていた。大家のおばあさんが来て、おろおろと説明してくれた。
「お昼前にお役人さんが二人来られて、家捜しして帰られたのよ」
フェリスは、
「たぶん、知り合いの役人ですよ」
と、いって涼しい顔で片づけを始めた。フェリスが落ち着き払っているので、おばあさんも落ち着いてきて一緒に片づけしてくれて、何も訊かずに一階へ帰っていった。
「何故、役人にこんなことされるの? なにしたの? フェリス。心当たりはあるの?」
代わりにあたしが訊いた。
「やましいことはしてないよ」
「そう」
「役人は、ロゴとパトだな」
「誰?」
「だから、知り合い」
夜、シャワーから出てきたフェリスの髪が真っ白だった。
「どうしたの!」
白……というより、銀髪、いやプラチナブロンドだ。
「すぐ、戻るよ」
髪はだんだん色味が出てきて、元のように栗色になった。
「なんなの? それは」
「これがアーシアの術だよ」
「髪の色を変えるのが?」
「ディアちゃんも変えてあげようか」
「結構です。黒は気に入っています」
「僕もディアちゃんはそのほうが似合ってると思うよ」
「フェリスの本当の髪の色はどっちなの?」
「白いんだよね。おじいさんみたいだから、嫌なんだ。目立つし」
「おじいさんみたいでは、ないけど」
アーシアの術を実際に使えるのはすごい。けど、どうして自分の髪の色を隠してるの? 怪しくない? でも、信じることにする。
あたしはずっと、こんな感じじゃなかった。ひねくれていた。ところがフェリスといると、自然でいられる自分に気づいた。フェリスはときどき、変に明るくおどけて振舞うことがあった。でも、本当の性格は暗いみたいだ。一見、ひょうひょうとしていて、実はうじうじしている。そういうところが、シンパシーを感じる。安心できる。そこに賭けてみようと思う。
ところで、英雄アーシアって、たしか銀髪だったはずだ。そして、アルフォンスにはもう一人他にも銀髪で有名な人がいたはずだ。誰だっけ?
その日の夜中は、もう一つ変なことがあった。
夜中にふと目を覚ました。そうしたら例のあの鏡が発光していた。その日は闇夜だったのに、鏡面だけが月光のような光を放っている。近寄って、鏡を覗き込んだ。
「!」
そこにあたしは映らなかった。フェリスが映っていた。鏡の中のフェリスは魔導士姿で、白いフード付きのローブを身に着けていた。銀髪で、背が高く、大人になったフェリスだった。はっきり違う点は、鏡の中のフェリスは瞳の色が真紅だという所だろう。
フェリスを起こそうと動いた瞬間、鏡の発光も、大人のフェリスも消えた。ただ、暗い部屋の中を映していた。茫然としたあたしの顔も映っていた。
翌朝、鏡は粉々に砕け散っていた。フェリスが黙って片づけた。
「どうして割れたのかしら?」
「僕が鏡の中に閉じ込めたものが逃げちゃったからさ」
「え?」
「害はないから、大丈夫」
「それもアーシアの術?」
「そう。『アーシア・スペル』だよ」
「鏡は高価なものだったの?」
「高いものじゃないけど、気に入ってはいたよ」
「残念ね」
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