えあるけーにひ 1.0

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 その日の3時頃、あたしがお店の前を掃除していると二人の役人がやって来た。 「こんにちは、お嬢さん」 「お手伝いかい? 偉いねぇ」  細身の長身の男と、やたら図体がでかいのとが二人。二人は近衛兵の制服を着ている。細身の長身はとびいろのストレートのロングヘアで、地味だが整った顔をしている。図体が大きい方は、黒髪をソフトモヒカンにして毛をつんつん立てている。  細身が訊いた。 「君はあの男とどういう関係かな?」  フェリスが『あの男』といわれたのが、そぐわない気がしておかしかった。  あたしは箒を使う手を止めて睨みながら訊き返した。 「昨日、お部屋を荒らしていったのは、あなた達かしら?」 「まあまあ、お嬢ちゃん。こっちも仕事なんでね」  大男がなだめる。外見に似合わず、優しい人のようだ。 「ロゴとパトなの?」  今度は細身の長身が答えた。 「失礼いたしました。私はロゴス・エートスといいます。こっちの大きい男は私の従弟でパトス・エートスといいます。今日は王宮から来ました。お嬢さんのお名前はなんとおっしゃるのですか」  丁寧に訊いてきた。 「あたしはディア。エートス家といったら、アルフォンスの名家ね」 「そういって頂けて光栄ですよ、ディアさん。ディアさんはフェリエール・メフィストの何にあたるのですか?」 「フェリエール・メフィスト? 何処かで聞いた名前ね。フェリスのこと? あの子の名前はフェリスというのよ」 「あの子!」  なぜかロゴとパトが顔を見合わせた。二人は戸惑っている。なにに戸惑っているのだろう。気をとりなおした風のロゴが発言した。 「フェリスと名乗っているのですか。それは偽名ですね。いや、フェリエールが悪さをした訳では無いので、ご安心を」 「あたしは妹ということになっている居候よ。弟子なの」 「なるほど、承知しました。今日は先日と今日の無礼をお詫びして帰ります。では、また、いつか」  二人は帰って行った。  フェリエール? 何処できいたのだったか。  掃除のあと、お店の前にお水を撒きながら思いを巡らしていた。  そうだ!  数年前、10歳前後で死んだ天才少年魔導士のことだわ。御山(みやま)のアーシアとよばれた魔導士フェリエールだ。  ぽんと手を打った。  御山というのは、アルフォンスの北にあるグラスゴー山脈の山の一つで、魔導士の養成学校があるのだ。フェリエールというのは、100年に一度の逸材と、もてはやされた天才少年魔導士の名で、たしか銀髪ゆえ『御山のアーシア』と呼ばれたのだ。 「でも、魔法の開発中に事故で死んだとか聞いたわね」  その頃、あたしはグラスゴー山脈の麓でおじいさんと暮らしていたなぁ。フェリスがフェリエールだとしたら、年齢的に計算が合う。  その晩、フェリスに役人に会ったことを話した。 「二人に会ったの? あの二人、従弟同士なのに全然似てないよね」  屈託なく笑って、楽しそうに話す。二人のことは嫌いじゃないみたいだ。それ以上には話が発展しなかった。つまり新しい情報がひきだせなかった。フェリスは後ろ暗いことはないようではある。  翌日はおばあさんに買い物を頼まれて街へ出た。おじいさんのワインと、おやつにおばあさんと頂くお菓子を買うためだ。  ワインとお菓子は首尾よく手に入ったけど、そのあとが良くなかった。ガラが悪い少年がずっとついて来るのだった。 「お嬢ちゃん。おつかい? お金貸してくれないかな?」  話しかけてきた。まずい。周りに人がいない。走って逃げた。そしたら、少年は走って追いかけてきた。あたしが角を曲がると、白いローブの人がいた。 「すいません。変な子につきまとわれてるんです。助けてください」  白いローブの人が少年をじっと見つめると、少年は目をそらして、口笛を吹きながらどこかへいってしまった。 「ありがとうございました」  お礼をいって見上げると、その人は鏡の中の大人のフェリスだった。 「!」  赤目のフェリスはクスリと笑って、行ってしまった。あたしはぼんやり見送った。  
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