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次の日は図書館はやめて大学へ行った。モーフ大学という。そこの民俗信仰研究室へ向かった。モルジュ教授に会うためだ。
ここからは気を引き締めてかからないといけない。
「おはようございます。先生」
「やあ、フェリス君にディアちゃん。いらっしゃい。おはよう」
先生は若い。たぶん40代前半だろう。いつも寝癖がついた髪をしていて、いつもその寝癖が微妙に違った形になっていて面白い。この髪型で一気に親近感が湧く。いつもにこやかで温厚な先生だ。『教授』とかいう言葉を聞くと、もうモルジュ教授を思い出す。私の中の『教授』のひな型になってしまった。
「君はうちの学生より熱心だね。また、アーシア神について訊きにきたのかな」
フェリスがここの学生より熱心かどうかというと、そんなはずはないと思う。モーフ大学は超一流の大学だし、学生も選りすぐりだ。フェリスに熱心とか、情熱みたいなものは薄い。優秀な人ではあると思うけど。
「もちろんです。先生。また、いつものように講義をお願いします」
その日の話は『アーシア教の世界観』だった。
「アーシア神は女神で、天帝の妻なんだ」
「天帝を信仰する宗派もありますよね。レダ教とかいう。レニー国に信者が多いですね。アルフォンスは圧倒的にアーシア神が人気ですね」
「天帝、レダ・サイガは天部の神々の中で一番霊力があって、偉いんだよ。でも人間界で信仰するなら、妻のアーシア神がいいだろうね」
「何故ですか」
「アーシアの霊力は天帝に次いで二番目だけど、天帝は天界にいて、アーシア神は人間界にいるんだよ。近くにいるほど影響力は強いからね」
「夫婦なのに離れ離れにいるんですか」
「これは冗談でもなく、夫婦の不和かもしれないね。天帝とアーシア神では、考え方が違うんだ」
「神様の傾向が違うんですね」
「アーシア神は人間が好きなんだ。人間びいきなんだよ。一方、天帝は天界のことで目一杯で人間のことなんて考えてられないからね」
「だから、人間はアーシア神を信仰するほうがいいんですね」
「そう。天帝は遠くにいて、力も貸してもらえない。アーシア神は二番目だけど、近くにいて、しかも、ひいきにしてくれる」
「ならアーシア教がいいですね」
「アルフォンスは環境が厳しいし、国民の生活が苦しいから優しい神様に人気があるんだろうね。レニー国は恵まれた温暖な気候、富んだ大地、豊かな水、国民の生活も豊かだから、いわば信仰に頼らなくてもいいんだよ」
「アーシア神は慈悲深い神なんですか」
「どちらかというとアーシア神は厳しいんだけどね。レダ教では、あまり良くいわれていない。天帝のいうことをきかない跳ねっ返りの娘だといわれているよ」
「僕のイメージと違うなあ」
「アルフォンスの人は、向上心があるから、手ぬるい神は嫌なのかもね。アーシア神はまず人間に試練を与える」
「厳しいですね」
「アーシア教の教義では『人間は人生に於いて(おいて)一つ以上の試練があり、人はそれを乗り越えて行く度に成長する。試練がないと退化する』とある」
「ただ甘やかしてくれる優しさではないんですね」
「そう、アーシア教においては試練はチャンスなんだ」
「それがアルフォンスの人のマゾっけにマッチしたんだ」
「そうだね。それと話は変わるようだけど、世界観については、天界と人間界と魔界の三つの世界があると考えられてるんだ」
「地獄はないんですか」
「地獄はないよ。人間界の裏は精霊・妖精界になってるよ。同じ所にあるんだ。世界がダブってる。そして人間は死んだら全員、天界へ行くんだ」
「ふーん?」
「天界イコール楽園では無いけどね。ただ、神々のいるところなんだ。魔界は魔族が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)してるところだね」
「ふんふん」
フェリスはメモをとっている。
「天界は半球のような形をしている。何処までも広く、上空にも無限に広い。天界の下は魔界で、魔界はすり鉢型をしている。無限に深いんだよ」
「無限に広くて、深いのに形があるんですね」
「不思議だね」
「天界と魔界は対になっているようですね」
「そうだね。そして天界と魔界の間に人間界があるんだよ」
「天界の下が魔界なのに、間に人間界がある?」
「そうなんだよね。で、人間界の形なんだけど、球体なんだよね。無限に大きい球なんだよ」
「また、無限か」
「そうなんだよね」
「宇宙は丸いってことですかね」
「そうかもしれないね。そう考えると無限に丸いってのが、少し理解出来そうだね」
「人間界は一つなんですかね。他の星に人間がいると、人間界が二つあるような扱いになるんですかね」
「天文学的にいうと宇宙人もいそうだよね。でも、アーシア教では人間界は一つだといわれてるよ」
「宇宙をひとくくりで考えるとそうなるかもしれませんね」
「地球は太陽系の中心ではないけど、アーシア教では宇宙の中心だと説かれているよ」
「アーシア教は新しい宗教ですか」
「いつ頃から信仰されてるか不明なんだよね。たぶんかなり古い宗教だよ。色々な思想や科学を吸収していって形を徐々に変えていってるんじゃないかな。そうやって新鮮さを維持してるんだね」
「ふむ、納得できますね」
「そして宇宙は伸び縮みするんだ。何処までも広がって行って、広がりきると大爆発を起こして、また新しい宇宙ができる。新しい人間界ができる」
「それはアーシア教の世界観の話ですよね」
「そうなんだよね。天界では天帝が代替わりするときに人間界が新しくなるんだよ」
「今回は何回目の人間界なんですか」
「何回目だろうね。今の天帝が生まれたときに今の人間界ができたはずなんだ。就任するときに人間が発生したんだろうね」
「神様は恐ろしく長生きですね」
「恐ろしく長生きではあるんだろうけど、天界、人間界、魔界のそれぞれの時間の流れる速さが違うみたいだよ」
「世界の外には何があるんですか」
「世界の外はないよ。無限に広く、深く、大きいんだから」
「ちょっと息抜きしましょうか」
そこで三人でコーヒーを頂いた。次は後半戦です。
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