花守り人の憂鬱

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 少年の目から涙が零れ落ちた瞬間、「そのとき」が訪れた。  瑠璃は戸棚の蔭から姿を現した。そして老人の横たわるベッドの、少年とは反対側に立った。  少年がぎょっとした様子で瑠璃を見た。それには構わず、彼女は鉢を片腕で抱え直すと、空いた方の手で老人の手を握った。  すると、彼女の中に、様々なものが流れ込んできた。それは、目の前で死にゆく老人の中から、今この瞬間にあふれ出る想いと生命。  彼女の腕の中にある鉢植えは、それを吸って開く「生命の花」だ。死にゆく者の思いと魂とを吸い上げ、その花を咲かせるのが彼女たちの仕事だった。  鉢の中で、花のつぼみがぴくりと動き、その頭をもたげた。ゆっくりと、花びらが一枚、また一枚と開いていく。  なんて美しいんだろう。瑠璃は感嘆の溜め息を吐いた。この老人の中には、目の前の少年えの慈しみや、人生の中で関わってきた人たちへの哀惜の念しかなかった。 ――いいんだよ。そんなこと――  いつの間にか鉢の中には、深い青色の美しい花が咲き誇っていた。形は薔薇に似ていたが、その花びらはガラス細工のように透きとおり、冷たい光沢を放っていた。瑠璃はうっとりと見つめる。
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