花守り人の憂鬱

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 やがて、一組の親子がやってきた。夫婦らしい、ともに三十歳代とおぼしき男女と、十歳前後の男の子だった。その親子は、瑠璃が座る長椅子の丁度真正面にある病室へと入っていった。  何かを覚悟したように顔を強張らせた両親とは対照的に、少年だけが、事態を飲み込みきれない様子で途方に暮れた顔をしていた。病室へと入っていくとき、少年がちらと一瞬、瑠璃にもの珍しげな一瞥をくれていった。  あれっ、とでもいうような顔をして、瑠璃はその親子が入っていった病室のドアを見つめた。 「あれ、瑠璃」  不意に名を呼ばれ、瑠璃は顔を上げた。目の前には、茶色がかった黄色の小振袖を着たお下げ髪の少女が立っていた。瑠璃と同じく、つぼみのついた花が植えられた小さな鉢を手にしている。 口元の微笑みを消し去り、瑠璃は言った。 「あら、琥珀(こはく)」 「近頃は、病院でばかり会うね」  瑠璃に応えて、琥珀と呼ばれた少女が言った。ため息まじりに瑠璃がぽつりと零す。 「ほんとに。ほんの少し前は方々まわっていて、同業者と鉢合わせすることなんてめったになかったのに。近頃は、病院にばかり来ている」 「仲間に会えるのは嬉しいけど、なんだかつまらない」  小さくかむを振りながら琥珀が応える。琥珀は瑠璃の真正面にあるドアにちらと目をやったあと続けて言った。 「今日の担当はここ?」 「うん」こっくりと瑠璃が頷く。 「変な顔して扉を見てたけど」 「この部屋に入っていった男の子、私のことが見えるみたい」  そう言って、瑠璃は少し悲しそうに目を伏せた。
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